ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[397621hit]
■1859, 体罰は教育?
そして、その一瞬一瞬に永遠を感じる。
最後と覚悟した花火や花見の中に永遠を見るのである。
その死にたいして誰もが根本的に不安がある。
その不安はどこまでも付きまとうものである。
その不安に対して、宗教が昔から死の向こうに来世を設定をして
人々の心に秩序を与えようとしてきた。
しかし、来世だけでは理屈に合わない。
現世にも秩序ある生と死の意味をつくらなければならなくなった。
哲学は、それを言葉で徹底的に追求しなくてはならない。
この人(中島)の哲学視点はリアルで露悪的であるが、
その辺が私は好きなのだ。
以下は、面白そうなところを抜粋してみた。
この連休の暇つぶしに、パソコンに打ち込むのに丁度良い。
ーーーーーーーーー
・・・学問や芸術に専念しているものたちよ、
あるいは社会的に有益なことをしていると自覚している人々よ、
なかでもその仕事が世間的にわずかでも評価されて幸せを感じている輩よ、
いちどすべてを無理にでも反省してみたらいかがであろう。
そのために費やした膨大な時間(青春)は、
はたして無駄ではなかったのか。
あなたがそれをする必要があったのか。
あなたがしなければ、何か困ることでもあったのか。
あなたがしなければ、
ほかの誰かが(ずっとうまく)し遂げたのではあるまいか。
つまり、その仕事は、あなたにとってのみ、
あなたの生き甲斐としてのみ重要だったのではあるまいか。
・・・・明日でも死んでしまうかもしれないあなたは、もっと欲深くなければならない。
あなたのしたいことは、善人たちの生暖かい吐息を吹きかけられ、
静かに満足をして死んでいくことだけなのか。そうであるはずがない。
あなたの欲望の火をふたたび燃え上がらせよう。
そして、悪魔と契約をして、少年のようにあらたに冒険の旅をでよう。
たとえあなたを待つものが壮絶な死であろうとも。
・・・・・・賢い人達は、狂気の手前で真理に突き進むことをやめる。
あっさり真理をあきらめて、自らの心の安寧を保つために休養に入る。
しかし、真に哲学をするものはそうであってはならない。
人の真のあり方は、狂気と引き替えにようやく手に入れることが
出来るようなものである。
それは、もともとわれわれの肉体を焦がして激痛で飛び上がらせる灼熱の玉なのだ。
いま地上の生息している数十億の人々もみんな死ぬ。一人残らず。
しかも、一回限りの自分の固有の死を死ぬ。大変なことである。
だが、人は直視しようとはしない。
そして、マイホームの建設に、自分の昇進に、息子の進学に、失業対策に、
9・11以降の世界情勢に、未来の地球環境建設にかまけている。
もう少しで、自分が地上から姿を消してしまうのに!
ハイデッガーは、悪趣味なことに、忘れようとしている[死]を
各々の鼻先につきつけて「みろ!」と叫ぶのだ。
みんな、人生がはてしなく理不尽であり残酷であること、
[自分が死すべもの]であることを味わい尽くそう。
そして、悪魔の声にしっかり耳を傾けて、まっすぐに没落していこう!
・・・・・・・・
・・・・・・・・
2004年05月06日(木)
1129, 「一生のうちにすべきこと、しなくていいこと」−2
谷沢永一 2000/10/19 PHP研究所』
二年前に書いた文章の続編である。
図書館で借りてきて、返してしまったために中断をしていた。
先日おなじ本を借りてきて、以前書いたことを思い出し、検索をかけたところ、
二年前に書いてあった。
『しなくてよいこと』は、『すべきこと』より知っておくべきことと、
前の文章(あとでコピー)を読み返して、つくづく思った。
知っていれば、しないでよい苦労を避けることができる。
こういう知識に対して無知の人があまりに多い。
他人事でないが。
『すべきこと』も、まったくそのとおりである。
ー以下は
「すべきこと、しなくてよいこと、してはいけないこと」の抜粋である。
ーすべきこと(抜粋)
・真の友をもつ
・人生設計を立てる
[5]続きを読む
05月06日(土)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る