ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1768, セブン・イレブン
それが結婚を機にして、一人遊びのカタチが変ってしまった。

本屋まわりや、散歩や、読書や、ホームページの書き込みや、
図書館通い、などなどの一人遊びをしている。
大人数の末っ子ということもあって、あまり人に気をつかうのが嫌なのだ。
といって、多くの人の周りにいたいのだ。


ノイローゼとか、精神症は他者に依存をしようとする姿勢から生じる。
群れの中で自分を見失っていくのだろう。

連れ添いに先立たれて、友人も次々に亡くなった時に真の一人遊びに
なるのだろう。

以前書いた「一人遊び」の内容をコピーしておきます。
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2002/01/05
一人遊び

孤独に強い人かどうかは、一人遊びができるかどうかにある。
一人で楽しみを見つけ遊ぶ・・・、
書いていて気がついた、それって「お宅」でないか。
似ているがやはり違う。

それは一人遊びのできない人が表面を見て、いっているのでは?
結局中途半端のそれをいうのではなかろか?
字のとおり「お宅」は部屋に引きこもって自分の殻にこもった状態をいう。

山登りや釣りなどは、一人遊びの典型である。
別にそれをお宅とはいわない。
読書好きの人もお宅といわない。

ところで私の強みは孤独に強いことだ?
人に何かを求めないこと、求めてもそこに何もないことを、経験上知っている。
結局人間最後は一人だ。
自分をボールに見立て、一人でバウンドさせていくしかない。
そうしていれば、人が面白そうと自然に寄ってくる。

「禅」とは、その修行によって、字のとおり単(一人)を示すことだ
「示単」。これはある有名な禅僧から直接聞いたことだ。
そこで自分の好きのことを見つけ、
それを楽しむことから始めなくてはならない。その積み重ねが個性を作る。

ノイローゼになる人をみていると、これができない人だ。
常に人に何かを求めているか、頼っているからだ。
「人は人、我は我、されど仲良く」が、一人遊びの本筋である。

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・・・・・・・

 2003年02月04日(火)
671, アルカイダー

「お前は言葉のアルカイダーだ!」
土田氏の葬式に出たときの「しのぶ会」で,ある同級生にいわれた言葉である。
同級生『ヘンな奴に何をいわれても「あの馬鹿!」で済むが、お前の奴は
ズバリ核心を言うからな〜。・・・・お前は言葉のアルカイダーだ』

私『じゃ〜お前は下半身のアルカイダー!』

同級生『・・・・・・』
これは私の瞬時の答えである。
同級生同士が酒を飲んで他愛もないことを言い合っていただけだが。


「何々のアルカイダー」は何でも使えそうだ。
銀行のアルカイダー化が今の日本を駄目にしているとか。


私の学生時代の専攻が「社会学の人間関係学科」だったから、
どうしても人間の本質を話すので、聞く人はグサリとくるのは解る。
別の男が『それよりもっと凄い言葉がないか?』と言ったが出て来なかった。


それではアルカイダーが正当化されるか?
自殺を正当化して、それを武器にするテロは正当化されるものではない。


城下町のような固定化社会では、なるべく波風を立てないで真実より目を逸らす
方がよい。でも言いすぎであるのも事実である。

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  2002年02月04日(月)
 321、宗教的真実について−1

・「もし、私の聖書の読み方が正しいとすれば、神があるがままの
人間を愛される、あるべき人間の姿を期待して愛されるのではないのです」
(ジョセフラブ・神父)

この言葉でハッとした。あるべきという視点で人を見ていなかったか? 
マイナスをマイナスとして愛すということ?
だから、こうあるべきとかいう自分の価値観で、人を見るべきでないという
理屈は納得する。

宗教は真実を気ずかしてくれる。

・「聖書は事実でないかもしれないが、真実である」
これもいい言葉である。

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02月04日(土)
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