ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1670, 「全ての装備を 知恵に置き換えること」−1
というように最も大切な問題である。多くの人々は確かに存在はしてきたが、
本当に生きてはこなかった。それらの人々は完結していない気になる問題に
蓋をするために、膨大なエネルギーを費やしてきた。
・完結していない気になる問題は人生最大級の問題であるから、死に直面したとき
焦眉の急の課題になる。大多数の人々は完結していない気になる問題の多くを
未解決のままで終わる。問題の一部しか解決できない人も多い。
・人生には学ぶべきレッスンがあまりにも多い。
一度だけの人生では習得不可能であろう。でも、学べば学ぶほど未完結の問題が
少なくなり、それだけ充実した人生になり、本当に人生をおくることができる。
いつ死ぬかは不明であるが、死ぬときには、'オーイ神様、私は生きました'
と言えることになる。
・・・・・・・・・・・・
「ライフレッスン」
エリザベス キューブラー・ロス (著),
デーヴィッド ケスラー (著), 上野 圭一 (翻訳)
角川書店
ー内容(「BOOK」データベースより)
幾多の死に向き合い、自身も幾度となく死の淵を覗いた終末期医療の先駆者が、
人生の最後で遂に捉えた「生と死」の真の姿。
死にゆく人々から学んだレッスンの数々。
愛・喪失・力・罪悪感・恐れ・許し・幸福など、
人生が提示する14のレッスンとその意味を静かに語りかける、
心にしみる一冊。
ー 目次ー
「ほんものの自己」のレッスン
愛のレッスン
人間関係のレッスン
喪失のレッスン
力のレッスン
罪悪感のレッスン
時間のレッスン
恐れのレッスン
怒りのレッスン
遊びのレッスン
明け渡しのレッスン
許しのレッスン
幸福のレッスン
・・・・・・・・
ー以下はインターネットで調べた書評であるー
ー書評
一生のあいだには、学ぶべきさまざまなレッスンがあり、
とりわけ死に直面した人たちとともにいるとき、それを実感すると、著者はいう。
人生がわれわれに習得せよ と要求するレッスンを15にまとめている。
すなわち、「ほんものの自己」のレッスン、愛のレッスン、人間関係のレッスン、
喪 失のレッスン、力のレッスン、罪悪感のレッスン、時間のレッスン、
恐れのレッスン、 怒りのレッスン、遊びのレッスン、忍耐のレッスン、
明渡しのレッスン、許しのレッス ン、幸福のレッスンである。
たとえば、病気とたたかっている人を見ていると、自分とはなにかを知るためには、
「ほんものの自己」でないものをすべて脱ぎすてなければならないということが
分か ってくる。生の終局にあって、人は以前よりずっと純粋に、正直に‥‥
まるで赤ん坊 のように‥‥その人自身になっていくからだ。
「どんな人でも偉大さの萌芽をもっている。『偉大な』人物が、ほかの人たちの
もっていないものをもっているというわけ ではない。
『偉大な』人物はただ、最良の自己のまえに立ちはだかる余分なものを脱ぎすてて
いるだけなのだ。」
結局は、「ほんものの自己」のレッスンが、愛のレッスン、人間関係のレッスン、
喪失のレッスン等々のレッスンの根底にあるように思われる。
人間関係のレッスンでいえば、だれかとくべつな人がいなければ自分は無価値な
存在 だと感じている人は、その人との関係のなかでも、いずれは無価値性が
外にあらわれて しまう。求めている全体性や完全性は、自身の内部にあって
発見されるのを待っている のだ。つまり「ほんものの自己」の発見なのだ。
喪失のレッスンについても同じことが言える。死という絶対的な限界状況に
直面してはじめて人は、余分なものを削りとって≪いのち≫のして輝き出す。
自己の内部に、失われることのないなにものかを見出す。死を前に徹底的な
喪失を味わい、すべてに「さようなら」をいうこと によって、
それによってもあせることのない何かをつかむ。 人生に 避けがたい喪失の
体験によってわれわれは、かけがえのない学びを得るのだ。
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10月29日(土)
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