ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1658, 北イタリア旅行記−7
 そしてお膳立てされたホテルにバスで行く。

・翌日から予定表どおり、市内観光に博物館に繁華街に公園へとぞろぞろと行列。

・ホテルでお仕着せの食事をして、そして飛行場まで無事送ってもらい
 成田に帰ってくる。
 
 「ツアーで旅行する人は主体も無いし、知性もなにも感じられない」
あるもの書きの本の冒頭に書いてあった内容であった。
その人は自称ー知性の塊と自認している人である。
慶応の大学院を出て、ケンブリッジの客員教授をしていたそうだ。
日本の一応知性人と自認しているらしい。
ツアーをほとんどしたことがないと思われる。
時間をまとまって取れる立場にいるから、それぞれの立場が理解できない。

ープラス面ー    

・10数年前よりツアーの利用の仕方が全く変わった、進化したのだ。
 ツアーでなくてはできない事、行けないところに行くように変化した。

・使い分けをするようになった。
 添乗員なしで当地のガイドと空港で会い、そして翌日から手配どうりに
 動くパッケージもある。

・アフリカのサファリキャンプは普通の人はツアーでしか危険でいけない。
 ナイロビなどは単独では、数十回の旅行をしていても危険である。
 こういうところは4〜5名でも全く知らないもの同士でサファリができるのだ。
 外国に行ったことがない人でも、ケニアでキャンプができるのである。

・考えられないほど安い金額で内容は詰まっているのである。

・環境からいって一般の人は2週間が、日本から離れられる限度だ。
 その中に如何に安く、価値ある商品パッケージを出せるかが、
 エジェンシーの役割になっている。

 私はツアーが大好きだ。
 ある目的地に行きたいという主旨のもと、全国からあらゆる人が集まる。
 そしてその縁のもと一緒に時を共有し、また別れていくのがよいのだ。

 個人では絶対に行けない、かつ行く気もしない地に、同じ思いの人と行けるからだ。
 一日あたりの旅費をみると、国内旅行と大して変わらない。

10月17日(月)
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