ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1632, 記憶する身体、飛翔する意識ー 日野敬三 対談集 3
それが、その背景とピッタリなのである。
恐ろしくなり引き返そうとした。ふと人の気配するので、
目をやると若い白人女性が一人でハイキングから帰ってきたところだった。
男でも恐ろしいところをよく一人で歩くものだと感心をした。
高台から見えたペイト・レイクの美しさも心に焼き付いている。
コバルトブルーの色は、過って一度も見たことのない色であった。
右を見ても左を見ても、全てが絶景というのがカナデアン・ロッキーの特徴である。
旅行の都度、添乗員に必ず次の質問をしていた。
「貴方の主観でよいから、一番良かったところは何処ですか?」
殆どの添乗員答えは「カナダのロッキー」であった。
次がスペイン。そして、インドであった。
そういわせるだけのものは確かにあった。
ところで現在の私に同じ質問をしたら、
迷わず、「ケニア!」と答える。
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2003年09月21日(日)
900,『 V・E ・フランクル』についてー2
彼の言わんとすることは
ー「よく働き、よく遊び、よく学べ」ということだ。
「よく」あるためには、この3つのバランスがとれてなくてはならない。
よく働くためには、よく遊び、よく学ばなくてはならない。
よく遊ぶためには、よく学び、よく働かなくてはならない。
よく学ぶためには、よく働き、よく遊ばなくてはならない。
私の場合は、
・よく働くは、現在の事業の発展・維持である。
バブルがはじけて大変だが、5年~10年先を読んで、事業構造の変換が当面の
課題である。
・よく遊ぶは、ウォーキングや、秘境旅行、映画・TV鑑賞。
・よく学ぶは、読書や人間・社会観察である。
この3つはそれぞれ重なり合い、同じであったりする。
この「随想日記」は私にとって3つが含まれている。
「何を」という目的・目標をハッキリさせ、
そのプロセスを楽しみや遊びになるまで、徹底することだ。
フランクルは死と常に隣りあった異常な状態の中で、人間の可能性を見た。
その「人間の可能性」を大学に復帰して講義をするイメージが、
彼を収容所から生還させたのだ。収容所で作業のため整列して歩いている
時に、数b上から見ている自分がいたと書いていた。
これなど究極の体験から生じる脳の昇華であろう。
彼のコぺルニクス的大転換は「人生に何かを求めるのでなく、
人生が何を求めているか」を常に問い続ける重要性に気づいたことだ。
それも死の収容所の究極の状況の中でだ。
初めて読む人は、
・「フランクルに学ぶ 」
斉藤啓一 日本教文社 2000年
・「どんな時も、人生に‘YES’と言う
諸富祥彦 大和出版
がよいのではなかろうか。
真っ暗な中にさしこむ太陽の光のように、輝き光っている人間の可能性を
見ることができる。
以前にも書いたが、自分の赤ちゃんの服を編んでいる姿の中に
さっき書いた要素が全てー愛・創造(能力)・知が含まれている。
この随想日記も考えてみれば同じである。
好きなことや人を見つけ、心を込めてすれば何事も後悔をすることはない。
そして、その対象は、半永遠的に残る。
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526,社会の変化
- 2002年09月21日(土)
日本も社会の価値観が根本的に変わろうとしている。
この失われた10年間で政治も企業も宗教も権威が失墜してしまった。
一昔前の一流企業といわれるところが、倒産や赤字や不祥事で
全く権威を消滅してしまった。
代議士や大臣を偉いと思う人が全くいなくなってしまった。
宗教もしかり、「集り」という姿がオウム教で露出してしまった。
「家」という制度も根こそぎ変わろうとしている。
江戸時代から続いてきた「日本的家制度」が、新しい年代の出現や
我々の意識の変化で根こそぎ変わってきている。
家のオモヒの仏壇も仏教がまだ権威を保っていた時の文化だ。
法事も地味なものになるだろう。
農家や商家が激減し始めきたことも「家制度」の崩壊の原因になっている。
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09月21日(水)
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