ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1525, わたしの酒中日記−4
側にいて身震いした。
その瞬間−死を覚悟した瞬間‘砂漠の真ん中に立たされる残酷さ’を直感した。

‘心’は「主体」と「イメージ」で成立している。
心を失っている状態は、「主体をなくして何も考えられない状態」
と考えれば逆に解かる?

何で‘心’が両親の死の話しから出てくるかと言うと、
両親が死と直面した時に、「主体」と「イメージ」が
湧き出てくる事実を見たからだ。
それは死の恐怖感からくるものである?

特に「主体」が凄い。
人生の全てのことは自分の戯曲でしかない。
それに満足できるか、できないかだ。
死ぬ事はそう簡単のことではない。

昨日の朝、隣の主人が亡くなられた。
今夜通夜、明日葬式に出る予定!

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2001年06月06日(水)
[44] 何の為のホームページ

何でわざわざ個人のホームページを立ち上げ、公開するのか?
   まずはこの疑問
1・わざわざ写真を撮って入れたり、
2.貧しい内面の公開をしたり
3.せっかくとった最重要情報?の公開をわざわざしたり
4.とにかくエネルギーを使わなくてはならない

でもそんなこと、この巨大情報空間から見ればどうでもよい事。
むしろさらす事により、リンクの可能性が大きくなる。

インターネットとは考えてみてば、ホームページ間のネットである。
基本はホームページである。その拠点を個人や会社で持つことは、
情報空間に自分の基地を持つ事になる。
この時代あたりまえと言えばあたりまえである。

ウエブ上に拠点を持つことにより、他のホームページと相互関係になる。
その事をホームページ持ったことで実感できた。

もしホームページを持つまでもないと考えるなら、‘お気に入り’の集積と
その分類を自分のパソコンにきっちりしておくべきだ。
そうした場合どうしても自分拠点を持ちたくなる。
それは自分のパソコン内でいいのだが。
公開してもかまわない場合ホームページがよい。

巨大情報空間にさ迷い出た
子羊というところか。

06月06日(月)
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