ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1363, 金に泣く人笑う人 −3
自分の酔っ払いの失敗と重なって夢になったと思うが。
夢は一日100分見るという。そうすると、一年で一ヶ月ちかく夢の世界にいるという。
一生で五年間以上夢を見ていることになる。そうするとそれを如何考えるかは重要だ。
それを記録して自分の潜在意識を覗き込むと、明せき夢(はっきり覚えている夢)
を見る頻度が多くなる。夢は自分の潜在意識の入り口でもある。
夢日記でよく覚えているのは、その直前に非日常の激しい経験をしたあとの
リアクションである。そう考えると他愛のないものとも思う。むしろ忘れてしまって
いる内容こそ深い自分の意識ではないか。
潜在意識下の戯曲化が夢であろう。
夢日記を書くこと、そしてそれを読み返すことは自分と潜在意識との対話になる。
難しくいえば顕在意識と潜在意識の対話といってよい。
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ーある時間の断片
12月26日 1968年
11時起床。
午後から卒論のまとめ。
ジャスコオカダヤから「販売革新」という月刊誌が贈ってくる。
その文面によると、2月21日から出社のようだ。
これを見て焦りがでる。気持の整理がまだできてないせいだろう。
あと55日しかないのだ。いかに気持を整理していくかだ。
少し自分の気持を整理をしてみよう。
学生時代に自分の能力ー特徴を見つけ出した。
行くべき方向も見つけた。
自分の長所も欠点も把握した。そして自信もついた。
これからはジャスコという会社に入り、先ずはその中で組織にチャレンジを
することになる。そこで自分に対する課題を一つずつ処理をしていかなくては
ならないのに、ここで躊躇しているのは何故だろう。
両親を見てみるがよい。
戦前戦後を通して生き抜いてきた姿が実例である。
私もここで社会に旅たつときが来たのだ。
自分の柵を乗り越えなくてはならない時期に来た、自分の足で一歩一歩。
その為には、逆に自分の中に生きなくてはならないのだ。
武沢教授にしても、高木にしても、あの奥知れない能力を見るがよい。
私の中のそれを探し出していかなくてはならない。
石川にしても、外山にしても、河村にしても、それぞれが外から見ると
大きな宝石が見て取れる。もちろん自分にもそれに負けないものが
あるはずである。
最近、「何故何故」という問いかけが、自分の中に生じてきた。
これは哲学的になってきたということだろう。
何故はたらくのか、何故生きていくのか、何故お互いに傷つけあうのかなどである。
纏めるつもりがいつの間にか混乱をしてしまった。
少し考えすぎだ。
12月26日(日)
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