ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■796, 至高体験ー読書日記ー2
それは、「日常的な小さな自己に滅んで、自己を超えた大いなる存在に目覚める」とでもいうべき体験です。宗教の根源にはこうした体験があって、こうした圧倒的な覚醒 体験を前にしたなら、個々の宗教の教義体系などは、空しく色あせた言葉の羅列に過ぎ ないのかもしれません。    

どのような既存の宗教やその教義とも無関係なところで、深い覚醒を体験する人々が 数多く存在するのは事実です。臨死体験者の中にもそうした人がいることをこれまでに 確認してきました。「小さな自己に死んで、大いなる命に目覚める」という体験は、宗教の根源をなしながら、個々の宗教の枠を超えた普遍的な体験なのです。  

心理学者マズローは、至高体験と呼ばれる状態の心理的な特性や、自己実現ないし自 己超越したと思われる現代の多くの人々の心理的、人間的特性を緻密に検討しました。 そうした精神のあり様を、たとえば大乗仏教が長い歴史の中で繰り返し説き、発展させ て来た「悟り」の理論、無分別智(般若の智恵)の理論が示す人間のあり方と比較して みるなら、そこに驚くべき共通性があることに気づきます。あるいは、キリスト教やイ スラム教の聖者たちが
示す深い宗教体験の中にも、大乗仏教が示す無分別の智恵、般若 の智恵とまったく同質の英知への目覚めを示すと思われる体験が数多く発見されるでし ょう。  

こうした覚醒体験は、個々の宗教のどのような教義とも無関係に成立しうる人間の心理的な体験なのです。それは、すべての真実の宗教の根底をなしながら、しかも個々の 宗教の枠を超えた普遍的な体験なのです。

◆「これまで花を見ていなかった」  
その普遍的な体験は、マズローのいう「自己実現」や「至高体験」に見られるB認識 と重なると思われます。B認識は、ごくふつうの人々の日常的な認識のあり方であるD 認識(D=deficiency=欠乏)と比べられます。マズローのいうB認識の特徴をいくつ かまとめてみます。

あらかじめ列挙します。
(1)B認識において人や物は、「自己」との関係や「自己」の意図によって歪められ ず、
 「自己」自身の目的や利害から独立した、そのままの姿として見られる。
(2)B認識は無我の認識である。
(3)またB認識は、ふつうの認識に比べ、受動的な性格をもつ。
(4)B認識では、対象はまるごと一つの全体として把握される。
(5)B認識にはまた、具体的であると同時に抽象的である。

以下で詳しく見ていきます。、

(1)B認識において人や物は、「自己」との関係や「自己」の意図によって歪められ ず、
「自己」自身の目的や利害から独立した、そのままの姿として見られる傾向があり ます。自然がそのまま、それ自体のために存在するように見られ、世界は、人間の目的 のための手段の寄せ集めではなく、それぞれのあるがままがで尊厳をもって実感される のです。  

逆にD認識においては、世界の中の物や人は「用いられるべきもの」、「恐ろしいも の」、あるいは「自己」が世界の中で生きていくための手段の連鎖として見られます。  
以前触れた臨死体験者が、「病院で気がついたとき、最初に目に入ったのは一輪の花 でした。」私は涙を流しました。こんなことを言っても信じていただけないかもしれませ んが、実はそれまで実際に花というものを見たことがなかったんです。」と言いました。
この「それまで実際に花というものを見たことがなかった」という不思議な表現は、マ ズローのいうB認識とD認識の違いを念頭において考えると分かりやすいです。  

つまり、この臨死体験者は、認識がD認識(手段―目的の連鎖として見る)からB認 識(それ自体の尊厳性において見る)に激変したことの驚きを、「これまで花を見てい なかった」、はじめて花を見たという表現で表したのです。彼は、一輪の花を「それ自 体の生命において」
見直し、「なにか偉大なものを眼前にするような驚異、畏敬、尊敬、 謙虚、敬服などの趣き」(マズロー)をもって接した感動を語ったのです。


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06月09日(月)
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