ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■7912,閑話小題 〜特に若いとき、老齢期に、鬱は発生しがちになる
ベネターは、人間が生まれてくることは例外なく悪いと主張する。
生まれてきた人が、友人や家族に恵まれた人生を送り、仕事が成功して幸せに
満ちていたとしても、その人が生まれてきたことは、その人が生まれてこなかった
ことに比べて悪いのだと言う。そしてベネターは、人類の段階的絶滅を提唱する。
自殺によってではなく、人類が徐々に出産をあきらめることによって全体として
この世から消えていくのが良いというのである。
本書では、反出生主義のうち、自分が生まれてきたことを否定する思想を
「誕生否定」と呼び、人間を新たに生み出すことを否定する思想を「出産否定」
と呼ぶことにしたい。この二つは密接に結びついているが、私が本書で重点的に
検討してみたいのは前者の「誕生否定」の思想についてである。
すなわち、「私は生まれてこないほうが良かった」という考え方である。
実は、誕生否定の思想は、文学において、哲学において、宗教において、
古代から綿々と説かれ続けてきた。「生まれてこないほうが良かった」は、
人類二五〇〇年の歴史をもっているのであり、現代において突然出てきたもの
ではない。本書ではまず、近現代ヨーロッパの文学と哲学、古代ギリシア文学、
古代インドの宗教哲学、現代の分析哲学を、独自の視点から読み直していく。
それを通して、誕生否定についてこれまで何が語られてきたのか、そしてどの
ような哲学的な論点が考察されてきたのかを浮かび上がらせる。その営みの中から、
「生命の哲学」のひとつの輪郭線を描いてみたい。
それと同時に、生まれてきたことへの肯定的な視線にも目を配っていきたい。
さきほど引用した太宰治の『斜陽』には、次の言葉が続けられている。「そうして
毎日、朝から晩まで、はかなく何かを待っている。みじめすぎます。生れて来て
よかったと、ああ、いのちを、人間を、世の中を、よろこんでみとうございます」。
生まれてきてよかったとは、いったい何を意味するのか。一歩一歩階段を登るよう
にして、その問いに近づいていきたい。 】
ー
▼ 現在のプーチンの頭の中は、己は生まれてこなければ良かったの呪いの言葉の
渦の真っ只中だろう。いずれ長くはない、一生、この渦の激しさこそ、世界で
あり、それが生きるということになる。その中心こそ、自らが存在しており違う
宇宙への入口と思えるのか! 自分というより、己の悪魔こそが、オノレそのもの。
老いるというのは、その悪魔と対峙すること!みたくはない、己の姿である!
11月16日(水)
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