ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■7683,閑話小題 〜この数年で世の中が、様変わり!
一瞬で消え去る学生服メーカーのネーミングをホテルにつけるという奇抜さが
話題をよんだ。平日はホテルに集中。土日は学生服を販売する変わったホテル。
チンケといえばチンケだが。 当時は、まだ高度成長時代の真っ只中、創業前
に人材を集めるのが大変な時代。当時と現在の、時代の格差に驚きざるをえない。
ホテルなど誰も経験者がいない中で、右往左往の緊迫した日々が懐かしい。
何かにガムシャラに前に向かえば、そこには求めるもの答えがあった。
私たちは時代背景の中でしか生きることが出来ない。そして、30年後の現在、
当時より客室の価格平均が三割以上も下がっている。平均給与は数倍に上がって
いるに関わらずに。
ドルショック、バブルとバブル崩壊、2001年の9.11テロ、2008年の9・15の
リーマンショック。そして、この大震災。その中で特に日本は、その都度大きく
変動した。 自分の人生を振りかってみて、時代の要請にそって能力をつくり上げ、
成功と挫折をしながら生きていく、それが人生だった。事業は30年が大きな節目
になる。その節目がきた。
・・・・・・
3653, あと一月で10年
2011年03月27日(日)
何ごとも、一日3時間を10年続ければ「ひとかど」になるという。 で、
この随想日記を書き続けて、あと一月で10年。で、何だったのだろうか?
常に、「何か書かなければ」という心理的圧迫が感覚を磨く作用をしていた。
ここで何年に一度、書き続けている効用を取り上げてきた。
論理思考が培われたことと、読書の備忘録や、旅行の感想文、そして毎年、
同月同日に書いた文章の何年分を読み返す効用など、現在の私にとって無くては
ならない存在になっている。 常に変わったことや、面白いことに出合うと、
その場で自然に起承転結の文章化をしてしまう癖がついてしまった。
「記者の目で論理を組み立てる習慣」という、現象に隠された本質を、あらゆる
角度からみる視線である。
ところで10年一区切りで実はホッとしたところもある。 この随想日記を
休むことも考えている。一度休むと、再び書くことが面倒になるが・・
「一日も休まない」というのは実は大きなプレッシャーだが、反面それが張り
になっていた。 何も書かないとなると、頭が変になってしまうかもしれない。
書くということは、自分の心の開放でもあり、自由を獲得している部分がある。
それにしても、10年も続いたものと自分自身が驚いている。
「偉そうなことを書いているが、その様は何だ」が、読み手の心理。それを
分かっていても、偉そうなことを書くことで、自分を開放をする面白さもある。
65歳、そろそろ自分の痕跡の消しに入る時期に入った。 このまま書き
続けるか、それとも形態を変えるか? 書くことの秘儀は少しは?分かった。
書き出すことで、その背後にある膨大の世界を僅かながらでも知覚できたことが
何よりも変えがたい収穫であった。 節目の時であることは間違いない。
・・・・・・・・
3288, 人みな骨になるならば ー6
2010年03月27日(土)
* 意味の意味
ーまずは、意味深長?の部分を抜粋してみるー
いろいろと思索した挙げ句、いにしえの賢人たちは「人生に意味があるか
どうかという問題に対しては客観的な解答があるのではなく、各人が自らの人生に
意味を付与するかどうかにかかっている」といった暫定的結論に達したもようである。
これは、ずいぶん心もとない結論である。 こちらの理解の仕方によっては、
「みなそれぞれ勝手に意味を見出しなさい」といっているだけなのである。だれも、
われわれ一人一人の人生に意味・意義・価値などを保証してくれてはいない。
われわれの一生は無意味かもしれないし、意味のあるものかもしれない。それを
決めるのは、われわれ一人一人の思い込みにすぎない、と言わんばかりである。
そして、やはり「思い込みにすぎない」のである。 自分の人生には意味があるとする
あつかましい人物と、宇宙規模で考えれば無意味だとする謙虚な人物との、いずれが
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03月11日(金)
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