ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■7653,閑話小題 〜問題は北京オリンピック後!
生活構造の変化に柔軟に対応して新しい生活構造を構築することが求められる。
肉体や生活環境が変化したり、それまで価値観が崩壊したりする時期であり、
この時期に新しい生活構造を構築できず中年期(成人中期)へ入ると、
中年の危機(後述)に陥るおそれがあります。
◉ 中年期(成人中期、40~65歳)
中年期は、自分らしさを模索し、葛藤しながら「真の自分」として生きる
ことを決める時期です。 レビンソンは、中年期の発達課題として
「真の自分と折り合いをつけること」を挙げています。
◉ 45〜50歳は充実した時期(安定期)、50〜55歳は人生半ばの過渡期
で設定した課題を実行する時期、55〜60歳は中年の最盛期とされています。
中年の最盛期とは、中年期の生活構造を構築・充実させ、愛情や共感性など
がより分化したり、知恵や思慮分別に長けてきたりする時期です。
◉ 過渡期3(60~65歳)
中年期と老年期をつなぐ過渡期です。死の恐怖や役割の喪失、孤立化などの
課題を抱え、それらと折り合いをつけていくことになります。
◉ 老年期(60歳〜)
老年期は、自らの死を受け入れながら、新しい生への希望を獲得する時期。
死への恐怖や役割喪失から抜け出せないままだと、孤立化が進みます。≫

 ―
▼ 過渡期2(40~45歳)が…<「らしさ(男らしさ、女らしさ」「愛着と分離」、
 「若さと老い」「破壊と創造」>になる。この辺りで足元がフラツクと、
過渡期3(60~65歳)に大きな皺寄せがくる。経験者故に肌身に沁みる。私だけ
なく、誰も多かれ少なかれ経験をしてきたこと。 …それもこれも、後講釈。
虫として地面に這い蹲ってきた人生を空や、樹上からみる鳥瞰も、また面白い!

・・・・・・
5443,小学校担任の西澤先生への手紙
2016年02月09日(火)
 小学校の担任だった先生から『自分史』が送られてきて、一ヶ月、何とか、
『自己を見つめる』渡邊二郎(著) と一緒に、礼状を送る段取りができた。
達筆な先生に、悪筆の手紙を出すのは気が重いため、何とか故障していた
プリンターを直し、パソコンで書き上げた。 
 職業軍人の父を持つ、戦中派の典型で、恐ろしい先生だった。
何度か頭を殴られたが、先生から殴られたのは、西澤先生を含め二人だけ。 
去年9月に米寿をむかえ満87歳。奥さんに十数年前に先立たれ、現在は
私の自宅から10分ほどの川崎に一人住まいで、目の前の川崎小学校の
校長に息子様がなられており、やはり御近所に住まわれている。
 
 長岡出身の父親は職業軍人で、昭和9年に姫路高等学校の教官になられ、
先生の幼少期の11年を、姫路で過ごす。姫路中学校、陸軍経理学校、
新潟師範学校を卒業、教師、校長を多く歴任の後、見附市の教育長に。
 父親が、産業界に転進した関係で、請われて、産業界に転進し、その後、
再び、教師に舞い戻ったユニークの経歴を持つ。私の母校の阪之上小学校に
三度も勤められた。校長として幾つかの小学校の建物の建て替えに従事
してきたようだ。定年後は、見附市の教育長など歴任した。

 半世紀以上たった現在、人生の卒論としての報告書を書いているような
気持ちである。 以下の文章と、随想日記の幾つかをコピーして同封する
予定だが、何か見透かされているようで、一人赤面している。
この卒論は、私にとって大事な通過儀礼になるが、毎日書き続けてきた、
この随想日記が少しは有効に働くことになる。読んでいて、合わせ鏡
として見えてくる卑小な自分が、そのまま、露呈した思いである。
 ――――
  : 西澤正元先生へ

「出会いの軌跡」、シッカリと読みました。
教師人生と、校長人生、教育長人生の、長い道のりの軌跡が自然体で、
そのまま小説のように淡々と書かれており、人間・西澤正元先生の
世界が鮮明に現れでており、清清しい気持ちになりました。
親子鷹の御父様との道ずれも、そのまま、家系として息子様へ
受け継がれていく壮大な物語を読む思いです。

 今回、同封した『自己を見つめる』は、5年前の会社整理のさい、

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02月09日(水)
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