ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■7592,閑話小題 〜日ハム… なる程、こうきたか!
また新約は出会い=イエスの心との出会いの書と言ってよかった。
印象の強い順に列記してみると、
◉ まず何といってもエレサレムである。イスラエルがそのまま凝縮されている
といってよい。四千年の昔から神の名と民族の誇りをかけ、数え切れない戦いの
舞台となった。そして現在も続いている。
この街を歩く事は世界の歴史の生き証人と出会い同行することかもしれない。
イエスが十字架を背負って歩いた悲しみの道=ヴィア・ドロロ−サ。
磔刑に処せられたゴルゴダの丘。最後の晩餐の部屋。イスラム教の重要な寺院
=岩のド−ムとアクサ寺院。 ユダヤ教徒にとって最も貴い嘆きの壁と広場、
そしてダビデの塔。旧市街を囲んでいる城壁は四千年の歴史の深さをそのまま
物語っている。
◉ 次はモ−ゼの十戒で有名なシナイ半島のシナイ山である。
深夜の二時に三時間かけて登って山頂からのご来光とシナイ山の山並み。
そして、その麓にあるカタリ−ナ修道院と、神の声をきいたという“燃える柴”。
そして帰路にたちよったベトウィンの部落。そして、そこで飲んだ紅茶。
“マサダの要塞”=この旅行までは全く知らなかったが、キリストが死んだ
四十年余り後に、ロ−マ軍に追いつめられた熱心党員のユダヤ人九六七名が
たてこもった自然要塞。陥落の前日、そこの指揮者ベン・ヤイルの演説の後、
七名を除く九六〇人の集団自決のあった場所であった。
その時の詳しい内容が生き残った者の証言で残った
(ヨセフスの“ユダヤ戦記”に生々しく残っている)。
=「奴隷にされる前に...自由の状態におもむこうではないか。」
=自殺を厳禁しているユダヤ教徒の集団自決であるからその意味が違ってくる。
イエスの生まれたベツレヘムの岩のほら穴の馬小屋と岩の飼葉桶。
ユダヤ教エッセネ派の“死海写本”が発見されたクムラン洞穴。
一九四七年、近くを歩いていたベトウィンの少年が、洞穴で土器に入った
巻物を発見。壷に納められた六〇〇を越える巻物には、イザヤ書全巻や旧約聖書
等々記されていた。今世紀最大の発見といわれている。ここで他にとんでもない
事が記された文書があった。昨夜の興奮冷めやらないので、テーマの差替えをした。
―イエスキリストが主張された大すじが、そのずっと昔のこの文書の中にあった。
“イエスはエッセネ派の指導者の一人でしかなかったのでは?”という疑問が
でてきたのである。そうすると西欧キリスト教の根底が変わってしまう。
あと十年後に振り返った時、恐らく今回のイスラエル旅行は私の内的深奥で
一大転機の経験となるのではないだろうか。旅行は外界を訪れるだけでなく
内奥の自分との出会いの機会でもある。
【別記】
この旅行と旧約聖書を読んで今の日本に絶望的気分になった。
四千年間の他民族・他宗教と血と血で争う闘いが現在まで続いている。
六十年前には六〇〇万人ものユダヤ人がナチに殺されている。
現在も一歩間違うと今の国土より追放されかねない緊張感・危機感が全土にあった。
男子は三年、女子は二年の兵役があった。国中どこにいっても機関銃を持った兵隊。
一歩家の中に入ると機関銃が無造作においてあるという。といってその手の事件は
一切ないという。その銃の目的は敵に使うもの、国を守る為のものというのが
はっきりしているからである。今の日本の防衛に対する考え方甘さが対比すると
浮き彫りにされた旅行でもあった。 [1999.4.14〜4.24 -ryokou ]
・・・・・・
6844,閑話小題 〜何にも手にしてないことに気づいた
2019年12月10日(火)
* 何にも手にしてないことに気づいた
この年齢になって、何にも知らないことに気づいた日々。真面目くさって、
読書時間を、最低、2時間以上をかけても、このさま。ジョン・レノンの次の
言葉が世界に衝撃を与えた。彼らビートルズが残した曲は、歴史に残る。
しかし、そのリーダーたる、この言葉も曲と共に歴史に残る。
―
《 1962年、ビートルズがリヴァプールからデビュ―すると、瞬く間に世界中に
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12月10日(金)
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