ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■7473,閑話小題 〜去年の今時分に… 何をテーマにしていたか?
私は国際秩序を考える時、英米をひとくくりにします。ただ、コロナ被害では
事情が違う。英国はスペイン、イタリアに近い。
コロナ禍の特徴は高齢者の犠牲者の多さです。フランスの場合、死者の8割は
75歳以上。エイズの犠牲者の多くが20歳前後だったのと対照的です。】
―
▼ 日本の人口は、アメリカの半数。とすると、アメリカ並みなら、7万5千人の
死者数になる。現在の死者は1000人を少し超えた程で済んでいるから、良しと
しなくては! 健康保険の充実と、マスク着用と手洗い文化と、医療体制が行き
届いているため。
・・・・・・
6712,読書日記 〜『自由のこれから』
2019年08月01日(木)
* 再び、分人主義とは?
「分人」たる言葉、聞いたことがあるのでHP内検索をかけると、5年前に、
<平野啓一郎「私とは何か ―個人から分人へ」久垣啓一の書評で取上げていた。
分人主義をオサライすると… 【人間を「個人」という「分けられない」一つの
単位としてでなく、複数の人格――「分人」――の集合体としてとらえる考え方だ。
図書館から先日、借りてきた<『自由のこれから』平野啓一郎著>がある。
その前に、おさらいをすると、
〜まずは、『分人主義』の意味を掘下げた個所の引用から(ネット検索)
≪ ◉ 人間には、いくつもの顔がある。 〜私たちは、このことをまず肯定しよう。
相手次第で、自然とさまざまな自分になる。それは少しも後ろめたいことでない。
どこに行ってもオレはオレでは、面倒くさがられるだけで、コミュニケーション
は成立しない。だからこそ、人間は決して唯一無二の「(分割不可能な)個人
individual」ではない。複数の「(分割可能な)dividual」である。
たとえば、「クライアントとの打ち合わせをしているイケダ」と
「娘と遊んでいるイケダ」では、表面的に見るとまったくキャラが違うわけ。
前者では「うーん、そうですね。○○だから、やっぱり○○だと思いますよ。
どうですか?」とか言ってる一方、後者では「あぶあぶあぶー!おとうちゃん
やどー!」とあぶあぶやっています。
◉ 全然違う人格なわけですが、これは両方嘘偽りのない「自分」であることは
間違いありません。「キャラを使い分ける」というより、自然にスイッチが切り
替わるという感じです。
人間は誰しもこうした「自然と切り替わる様々な自分」を持っているものです。
分人主義とは、ひとりの人間のなかに詳細な「分人」が存在する、と捉える新しい
世界観といえるでしょう。≫
―
▼ これを書き続け、過去の忘却の彼方の文を読む返すたびに、全く違う?
人格者たる未知、いや無知の自分に直面する。成るほど、「分人」である。
日々刻々、体質も、環境も、知識も、行蔵も変化するため。 リタイア後の、
一日のスカジュールのユニットは、節目ごとに、分人が違っている。だから、
一日一日が新鮮に思えて、飽きることがない。あとは、5年前のとおり。
・・・・・・
2014年08月31日(日)
4917,「個人から分人へ」 ですか!
* 永遠の問い、「私とは何か」
平野啓一郎「私とは何か ―個人から分人へ」の久垣啓一の書評が解りやすい!
≪ この本の主張は、人間の単位を考え直すことだ。個人という意味で使っている
individualは、これ以上分けられないという意味であるが、本当にそうか。
そして本当の自分なるものがあるという
考え方が間違いのもとではないか、というのがこの本の問題意識である。平野は、
人間は分けることが可能な存在であり、人間は対人関係ごとに複数の顔を持っており、
一人の人間は複数の分人のネットワークによって成り立っているという。そして
個性とは、その複数の分人の構成比率によって決定されるというのだ。
・誰とどうつきあっているかで、分人の構成比率は変化する。その総体が個性。
・自己の変化とは、分人の構成比率を変えるしかない。それはつきあう人間を
変えることだ。
・自分という人間は、複数の分人の同時進行のプロジェクトと考えよう。
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08月01日(日)
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