ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■7360,閑話小題 〜かくして神様は男を御造りになった! −2
よりも高い。結婚や職業という人生において重要なことも、名前の響きという
些細なことに影響される可能性がある。(43-46.) >
――
▼ 事業が、そうである。10年以上もエネルギーと資金を投入したのに、一瞬で
快・不快もないまま、消え去ってしまう。何度も何度も失敗しても、凝りもせず
繰返し… 野村監督の愚痴ではないが「不思議な勝ちはあっても、不思議な負けは
なし。ネガティブ・バイアスも必要である。逆に、いいことを意図的に心の中で
長引かせることが、その体験を長期記憶に留める助けをする。 そのような
「いいことを愛で味わう」体験を何十回、何百回と繰り返し重ねていくことで、
ネガティブなことに過剰反応しない脳の回路を作っていくことが可能になる。
良いか悪いかは別として、ごく身近に、そういう人がいる。近未来に楽しいこと
しか頭にない。それ以外は、何事も見えない。それも長期脳に納めて、次の瞬間
には、忘却の彼方へ。こうなれば、魅こと、としか言いようがない。近所の原信の
レジで曰く… 『この時間に何時もいらっしゃる…御近所ですか? 羨ましいは、
私など知り合いの目が嫌で、わざわざ遠くから来ているのに!通勤時間を取られ!』
…そこには既にネガティブ・バイアスが掛かっている。割引時間にレジを並ぶには、
近所の目があるが、何の気にしないのがポジティブがある。気にするのは、気に
なるからである。「ユニクロ」を着ることに躊躇するのは、普段着=みすぼらしい、
と思うからである。重ね着と、普段着の世界的ブランドと知ればこそ、堂々と
着れるのである。これに近い現象を、屡々、経験する。特に地元に籠ってから!
恐らく、このブログ内容に対して、多くの批判があるのだろうが…
「私ってのは、この程度!」の自覚があるため、今さらか。
・・・・・・
6598,閑話小題 〜老いについて
2019年04月09日(火)
<「四苦八苦の哲学」永江朗著>
* 漫画家は姿勢によって年齢を描き分ける
永江らしい厳しい言葉の羅列である。老いた自分の姿と顔を鏡で
みる度に、愕然とする日々。とはいえ、老いは時間の問題で、誰の頭上にも
降り注ぐのはごく当然のこと。長生きもプラス面もマイナス面もある。長生きは
死損なった状況でもある。
≪ ボーヴォワールは、老いについて
ヒポクラテスによれば、人間が頂点に達するのが56歳と、
アリストテレスは肉体の完成が35歳。魂の完成は50歳とする。
ダンテによれば、人は45歳で老境にさしかかる。
今日の興行的社会を諦念退職させるのは一般に65最である。』
ある漫画家は姿勢によって年齢を描き分ける。これは生きる姿勢にも通じる。
更に… ボーヴォワールは
『老人は社会からみれば猶予期間の死者にすぎない。』
『ジジイよりババアと言われた方が厳しい。雌は獲物。若さが枯れた老女は…』
彼女は、ジュアンド―の言葉を紹介している。
『半世紀の間おれは20歳でありつづけた。いまやこの不当所得を
返上するときがきた。』と。
『現在において、われわれは、われわれの過去を乗越える投企によって
未来を志向する』 ≫
著者の永江は<人間にとって、死ぬのは二人称と三人称の死かしかないが、
ところが老いは違う。三人称あり、二人称あり、一人称まである。
笑い話がある。『50年ぶりの同級会に出席したら、じいさんばあさんだった」
そう笑う自分が抜けている。
―
▼ これを書き続けてきた御蔭で、精神の起伏は少ないが、それでも同年代の
老いを合せ鏡で見る度に、数時間としても、突如として、老境の自分に愕然
とすることが多くなった。老いそのものは時間経過の状態で、問題は、その受け
止め方。 時間経過とともに、長くなっただけ過去は重くなり、我々の未来は
短くなる。偶然だが、先日、10年後の自分が、その時節の自分の書いたテーマを
読み返しているショートショートを書いていたが、明らかに下り坂のギアダウン
した状態は間違いないためか、重い気持ちになってしまったが、それが面白く
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04月09日(金)
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