ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4864,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー32
その間に、知恵を増やすか、仲間を増やし、力を増やしてから、改めて怒れば良い。その意味で、信長型ではいけません。
待つという意味では秀吉型でも足りない、家康型でなければいけません。・・・≫
 ▼ 一連の事業撤退のプロセスで、地方経済の惨状認識の実感と周囲の段差に驚き、怒りさえ感じた。
  商売柄、津波の到来が早い立ち位置にあっただけだが。 ニーチェは、「ハエ」と表現したが、私は「シラミ」である。
 そういう私もシラミだが、ただシラミを自覚している。いや自覚できないのがシラミだから? 私は?・・ 
 だから、そろそろ気持ちに余裕が出来て、改めて見渡すと、危険度が増しているのが分かる。民主党も酷いが、自民党も酷い。
 あの戦犯の二人が首相と副首相になり、更に悪い間違いをしようとしている。その付けを支払うのは国民である。
 その自民党に国民が多く支持いているのだから。 確かに政治的にみて憲法改革は必要。 甘い餌で釣ることもありだが。
 怒るには覚悟がいるが、怒らないことにも覚悟がいる。 その場をともかく遣り過し、タイムラグを置く。
 そのため「シラミ」と頭の中で繰り返す。これが一番、効果があるが、「三ヶ月に一度は、嫌なことはあるもの」と覚悟。
 まあ、面白いもので慣れ。シラミ、ハエは事実は事実であると確信すると割り切れる。「娑婆娑婆」である。
 その意味で、この経験は私の人生の物語にとって必然だったことになる。 受け止め方の問題でしかないが・・・
・・・・・・
4123, 予言の書「日本の自殺」 ー11
2012年07月09日(月)
   * 戦後民主主義の弊害
  アメリカに与えられた擬似民主主義を、現在でも大事に守っている府ぬけた日本も、ここまでくると呆れ果ててしまう。
 まずは憲法改正と、原爆所持は最低条件である。そして海洋国家として空母を7〜8艘の配備をすべきである。決して極右的発想でない。
 中国と北朝鮮が隣接して隙を伺っている現実が、その必要性を求めている。この国民では無理だろうが・・・
  ー 次の箇所が正しく疑似民主主義の徴候を書き出している。所詮は、アメリカに充てがわれた民主主義国家。
【 平等主義のイデオロギーに限らず、「戦後民主主義」という名の疑似民主主義のイデオロギーは、すべて現代1975年時の日本の
 「自殺のイデオロギー」として機能している。それをわれわれが疑似民主主義と呼ぶ理由は、それが民主主義本来のあり方とは似て非なる
 ものだからである。それは混沌とした意識にとっては確かに民主主義と大変類似したものに見えるかも知れないが、決定的に重要な
 いくつかの本質点において、本来の民主主義とは明確に異質のものだからである。
 〜疑似民主主義は次のような幾つかの特徴を持っている。病理診断の言葉を使うならば、これを疑似民主主義の徴候群と呼んでもよい。
* 疑似民主主義の第一徴候群は、その非科学的性格である。疑似民主主義は、イデオロギー上の独断的命題の無批判的受容から出発する。 
  そのドグマに従って行動するなら、必ずや全人類の解放が実現され、一切の社会問題が完全な解決をみるであろうと、そのイデオロギー
  は主張する。その命題は唯一、絶対的なものであり、完全で、誤りなきものである。問題の鍵は、どれだけ多くの大衆が、どれだけ強く、
  また熱烈にこの福音を信ずるかにかかっている。 「信ぜよ。さらば救われん」なのである。
* 疑似民主主義の第二徴候群は、その画一的、一元的、全体主義的性向である。多数決原理の誤った認識の仕方に端的に示されている。 
  疑似民主主義は本来、多元主義のための一時的、かつ極めて限定された調整のための手段、便法として工夫された多数決を、一元主義、
  画一主義、全体主義のための武器に巧妙に転用するのである。 多様なものの見方の存在を否認する方向で作用することになる。
* 疑似民主主義の第三徴候群とは、権利の一面的強調の仕方にある。 疑似民主主義にとっては、義務も責任もどうでもよいことである。
  できるだけ権利、権利と主張し、取れるだけのものは取り、しかも義務と責任はできる限り拒絶する。

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07月09日(水)
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