ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4833,「事業人生を決心して45年」の語り直しー11
暴れたりするなど、患者を見守る家族の苦痛は大きい。 そうだとしても、家族は身近にいることが大事。
無くなる24時間前が、そのピークなる。それが「最後の山」という。
・余命数時間単位になると、痰がつまってゴロゴロ音がずっと続いたり、呼吸が荒くなったりするが、
患者の苦痛はない。 しかし聴覚は最後まで保たれるので、発言には十分に注意が必要。その中で、
家族も辛いだろうが、傍に付き添うこと。最後は、お医者さんも、教えるだろうから、大声を出すのでは
なく、静かに耳元で囁きかけ、手を握ってやったり、身体を擦るのが、死出への旅立ちにふさわしい。
・最後は、まず呼吸の仕方が変化をし、下あごを突き出すような医学語でいう下顎呼吸になり、
数分から数十分で呼吸が停止する。呼吸停止後、数分で心臓も停止。その時が、死亡時刻になる ≫
▼ 実際の臨終に立ち会ったのは、近くに住んでいた伯母と、母親である。
父の臨終は、私が当時、立ち上げていた千葉のビル現場の打ち合わせで立ち合えなかった。
臨終の場面は人生が終わるのだから荘厳だが、厳しく生々しい。 家族も疲労困憊する。幻覚、
幻聴、錯乱、暴れなどは付きものと割るきるしかない。母親の子宮から、管につながれ、のたうち
回って産まれ出て、それぞれの一生を生き、最後は管に巻かれ苦痛の中で死んでいく。
せめて、その間、精一杯生き、悔い無い終わりを遂げたいもの。末期を具体的に想定することは、
高齢者の生き方を考える糧になる。 で、以下文に続く。
・・・・・・
4092, 老いの見本帳ーダークサイト −12
2012年6月8日(金)
* 老いについて ーつれづれに 「老いへの不安 歳を取りそこねる人たち 」春日 武彦 (著)
定年とかで現役を退き御隠居暮らしになるのが第二ステージとすると、寝たきりとか痴呆症になって
病院などで誰かの世話になる時期が、第三ステージになる。第二ステージが60歳辺りなら、80歳
辺りだろう。 それまで大よそ半数が亡くなるので生き延びた者には厳しい現実が待っている。
寝たきりなら、一日一生のような日々を過ごすしかない。人間は生きてきたように老いていくのである。
第二人称の人の死を身近でみる限り大往生は少ない。あるのは不幸にしか思えない死。
そのため私たちの社会は嫌老が基本になっており、老化を遅れさせるか、隠すことが善と捉えられて
いる。 老いの肯定など、あまり聞かない。 その死に現実問題として日々近づいている老人の心も
肉体も歪まない訳がないと割り切った方がよい。 この本は、その歪んだ老人を真正面から光?を
照射している。そうこうみると最後は自分だけの孤独に慣れておく必要がある。
人間、「人は人、我は我、されど仲良く」が基本。相手に何かを求めないで、独りで趣味を楽しむのが
理想的。 古来から社会は老いを嫌い、可能な限り社会の隅に置いてきた。しかし医学の進歩により
平均年齢が日本では80歳をゆうに超えてきた。定年後、平均20年以上も生きていかなければ
ならない。それは有難い反面、社会的弱者としての長い人生が待ち受けていることになる。
世の中は青年と壮年を中心に回っている。老兵は静かに去らなければならない。
引き時を見失うと憎まれもの世にはばかるになる。それを自覚出来ないから始末が悪い。
老いることは、絶望に近い意味を含んでいることを忘れないこと。引くべき時には引かなければ。
人生も見切り千両である。歳を取りそこねる人たちは、その逆の漫然と生きている人たちをいう。
人生は最期は独り静かに逝くしかない。歳を得たが故の楽しみを見つけ独り楽しむ、それが良い
老い方になっていく。この本と「嫌老社会」長沼行太郎著ーを読んで、ジックリ?と老いを見つめると、
背筋が凍る思いになる。やはり一日一生、一期一会で、日々、瞬間瞬間を生きるしかないということか。
娑婆から早々、一歩身をひいて鮮明に見えてきたことは、世界が大きな断層の真っただ中に
あることと、自分の年齢の微妙な立ち位置である。地球見学の最期は、こんな風景だった。
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06月08日(日)
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