ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4832,「事業人生を決心して45年」の語り直しー10
ビルの前の数千世帯のマンション計画が中止となり、最悪の出発となってしまたった。
そしてオ−プン...!完全にパニック状態!オ−プン人気も含めお客の列!
しかし、こちらは全くの素人である。ビル建築等、他に諸々が重なり、
地獄のような日になってしまった。辛くて、恐ろしくて、一日一日が精一杯、
今考えても、よく持ちこたえたと思う。当初の、2〜3ヶ月は朝8時より
夜半の1時までの激務であった。指導員と私とアシスタントの3人の激しい日々であった。
“勤め人”と自営業の立場の大転換がその時おこった。
それまでは8時間プラス2〜3時間、という立場が、“24時間(休んでいても仕事のう
ちという)仕事”という立場になった。
サラリ−マンが事業をおこして大部分失敗するのは前者より脱皮できない為である。
大手ス−パ−の創業期に入社、異常に近い厳しい世界に3年近くいたが...。
その厳しさが全く違うのだ。はじめの数ヶ月は、今日辞めるか明日辞めるかという
位、厳しいものであった。
あの空ビルをテナントで埋めなければ、私の立場が無くなる!という
前提があった為乗り越えられたと思うが。
でも不思議なもので、真っ正面より立ち向かっていると、
いつの間にか辛さが辛さでなくなってくる、適応能力が自然についてくるのだ。
ヤクザ、土方、得体の知れない人間に“気違い水=酒”を飲ませているのだ。
それと兎にも角にも全くの無警察状態に近いのだ。
そこで自分1人で店を衛らなくてはならない。
酒を飲んだ人間の本当の恐ろしさをそれまで、ほとんど知らなかったためだろう、
命が幾つあっても足らない位の事件が月に一度はおきた。
恐怖の中で1人トイレの中で(他の人にはわからないように)震えた事があった。
そこで、大きく唸った。そしてお客に対処したところ腹が据わったのだろう、
お客が逆に竦んでしまった。“これだ!”と直感した。
また店の従業員に前もって、うちあわせをしておき、
お客に怒鳴る変わりに従業員を怒鳴りつけ竦ませたり、
土壇場に立つと知恵がついてくる。
ただフランチャイズのシステムは今でも素晴らしいものであったと思う。
標準化、単純化、マニュアル化がきっちりできあがっていた。
創業時の勉強という点で、このシステムは自らに非常に有効に働いたと
振り返って思えるようになった。
             創業は辛い! 1973.11.07〜 ・
4465, 余命半年 −3
2013年06月07日(金)              
   * モルヒネか、プチッか     「余命半年  満ち足りた人生の終わり方」大津 秀一著
 父や、義兄などの末期ガンで悶絶しながら死んでいく姿を垣間見ると、プチッ(安楽死)と早々に
最期を向かいたいと思うのは、私だけでないだろう。ガンが進行するにつれ、その痛みが強くなり、
それにつれモルヒネも強くするしかない。中毒の心配など、先のない末期患者には関係ない。
著者は、進行度に合わせてモルヒネを調整すれば、問題はないという。
ガン患者の7割が痛みを訴え、その半分がモルヒネでないと痛みが取れない。
一般的にモルヒネを使うと、死期を早めるが、専門医が適切に使えば苦痛を減らせる。
死因はあくまでガンの進行。傍からみれば、モルヒネが死期を早めている、と思われるが、
ガンの進行に合わ強くしているための誤解。末期患者は3年、5年先まで生きるわけでない。
ここで知ったのが、「鎮痛補助剤」。坑うつ剤、坑痙攣剤、坑不整脈薬など、本来の効果とは別に、
痛みが伝播する回路に働いて痛みを緩和する。 で、プチッ=安楽死はどうか? 
これは現在の日本では禁止されている。ただし、死ぬ前から、その意思表示をしておけば、
医師は、それを元にモルヒネなどの加減で、延命をしない判断も出来る。
 現在、日本人の二人に一人がガンになり、三人に一人がガンで死んでいく。
何らかのカタチで、余命を言い渡されるか、自分で悟ることになる。その時から死ぬまでの
数ヶ月間は、生存への渇望と肉体と精神の苦痛の中で、独り悶絶する。

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06月07日(土)
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