ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[393255hit]
■4828,「事業人生を決心して45年」の語り直しー6
自分の頭にあること全てが仮設(思い込み)とすると、「自分とは何か」という根源的問いかけになる。
しかし、自分の思い込みに気づかない限り、それから一歩も外に出ることは出来ない。そして、他人のフィルターを通した
思い込みに惑わされてしまう。 現象の背後にある事実、真実について考えようがない。とはいえ、その事実、真実も、
思い込みとすると、その立つ場がなくなる。 ーまずは、その自分の中の仮説」についての箇所よりー
≪ 頭の柔らかい人は、常識がただの仮説にすぎないことを知っています。逆に、頭の固い人は、先入観や固定観念にしばられて、
思いこみでものをいいます。では、天才ではないわたしたちは、どうして自分の頭にこびりついた仮説をはがせばよいのでしょう
・・・世界の見え方自体が、あなたの頭にある仮説によって決まる。ということは、人は自分の都合の良いように解釈する。
われわれはよく事実、事実というけれど、事実はすべて、実は仮説の上になりたっている。「裸の事実」などない。
データーを集める場合も、やっぱりその仮説―最初に決めた枠組みがあって、その枠組みの中でデーターを解釈するわけです。
ガリレオの例でいえば、名だたる教授たちは、宇宙は完璧な世界だと思い込んでいるから、実際に望遠鏡で月のクリエーターを
目撃しても、「望遠鏡はデタラメだ!」という結論に達する。いまある枠組みに都合の良いほうに、事実の方が捻じ曲げられる。
でも本人には意図的に事実を捻じ曲げたという意識はない。自覚がないから、自分が特定の仮説に縛られていることに気づかない。
天才でない普通の人が、どうすれば頭の中にこびりついている仮説に気づくことができるか? 「タブーに挑戦し、あらゆる
仮説に触れてみよ」と、ある科学者がアドバイスをする。あえてタブーに挑戦し、あらゆる仮説に触れることで、知的な
「免疫力」をつけろ、ということです。たとえば、われわれは自由な民主国家に住んでいますが、あえて専制国家や共産国家の
「思想」にも、触れてみよ、ということです。・・・ 「仮説の呪縛から逃れる万能薬などありません」 ですが、できるだけ
みなさんの仮説を見比べることにより、支配的な仮説を疑うことができるのです。≫
▼ 自分の仮説(思い込み)に自分で気づくのは非常に難しい。気づくようでは、思い込みではないからだ。
20数年前のバブルと、崩壊と、その後遺症が今だに続いている。「土地が限られている日本では土地価格の崩壊は
絶対にない」という土地神話、この仮説が前提にあった。それが仮説=思い込みということに気づかなかった。
だから突然、それが崩壊すると、日本全体がひっくり返ってしまった。商家に生まれ育って、身に沁みていたことは、
「人生も、事業も舟板一枚下は地獄」ということ。舟(=店)が沈めば、全てを失うという恐怖。だから、常に万一に備え、
万一の備えをしておくこと。その手っ取り早いのが、普段の生活を合理的にしておくこと。それさえさえあれば、
如何なる事態にも対応できる。現在、比較的気持ちの落ち込みが少ないのも、「で、どうした!」というのが幼心から、
あったから。周囲の視線が可笑しくさえ思えるのは無知が見えているから。それも私の仮説でしかない。
・・・・・・
4087, 老いの見本帳ーダークサイト −7
2012年6月3日(日)
* 中年と老年の境目 「老いへの不安 歳を取りそこねる人たち 」 春日 武彦 (著)
「森林からサバンナへ」という文章を、ここで書いたが、森林=青年・中年、サバンナが老年と捉えることができる。
私の場合、60歳を大きな目安にして50歳代を全力で駆け抜けた。そして5年の節目期間を置き65歳で会社を整理倒産、
年金生活に入った。(結果論だが)一年前が、その境目になる。 ことがことだっただけ、ハッキリしている。
≪ 【人生の総決算】
六十歳あたりで突如として警察に捕まるようなことをしでかしたり、妄想に囚われとしたとなると、ある意味でそれが差し当たっての
[5]続きを読む
06月03日(火)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る