ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4783,葬式は、要らない ー1
2013年04月19日(金)
「ふしぎなお金」 赤瀬川原平著
子供用の絵本だが、人は当たり前のように使っているお金について、あまり考えない。お金は自由の、エネルギーの、塊。
日本人は金を不浄なものと考えがちだが、お金は血液のようなもので、人間にとって非常に大事である。 人を生かし、
また殺してしまう力を持っている。 子供に諭しながら、実は大人に語りかけている。 ーまずは、印象的な部分を抜粋ー
≪ *「冬のバーやレストランで、席につく前に、「コートお預かりします」といわれて、なんなドッキリとしないだろうか。
だってコートの内ポケットには拳銃が入っている。それをそのまま預けて大丈夫なのか。というほど錯覚を持つほど財布は
拳銃に似ている。だから「貴重品はよろしいですか」といわれると、何だかもっていかれるかと思って、その護身用の
拳銃みたいな財布を、身近なポケットに移し替える。でも移し替えながら、どことなく後ろめたい、とうより、どことなく
情けない気になる。「お前はそんなに相手が信用できないのか。そんなに拳銃なしで丸腰に、なるのが怖いのか、
という`声が追いかけてくる。 そういえぱ、昔の西部劇映画には、ガンペルトそのものを外す場面があった。
宿について、あるいは自分の家に戻って、外敵なし、大丈夫、という状態ではじめてガンペルトを外して椅子の背に掛ける。
ガンマンがくつろぐ一瞬である。ところであのガンペルトとは、じつはむき出しの現金を装着したベルトなのだと、
そんな感じがしないだろうか。ガンマンはその現金でいつも勝負している。
*「日本の場合は刀の大小だ。明治以前、武士はみんな刀を差していた。男子、一歩外に出れば七人の敵、といわれるくらいで、
刀の大小を肌身離さず持ち歩いていた。刀は護身用であり、権威でもあるところは、やはりいまのお金に似ている。
武士の世界の文化の一つに茶の湯があった。招かれて行くお茶室には、小さな躍り口が設けてある。あそこを入るには
腰の大小を外して、外の刀がけに欠けねばならない。武士はみな一瞬、躊躇したのではないか。財布は刀やピストルと違って、
人を殺める道具ではないのではあるが、人は金のために人を殺したり、金のために自分の首を吊ったりして、金はやはり
隠然たる凶器の光を忍ばせている。拳銃も財布も、緊張の物件である。いざとなると拳銃をぶっ放すように、札びらを切る。
でも「いざ」とならないときは、それはそっとボケットに仕舞われている。昔よりも落ち着いた現代社会では、さらに
奥深くの内ポケットに移行している。」
*「足元にお札が落ちている。それを見たとたんにハッとする。千円札の四つ折りにしたわずかな面が見えているだけでも、
何か異様にハッとするのは何故だろうか。足元に血が垂れている。それを見たとたんにハッとする。ちょっとした赤い
液体なのに、何か異様にハッとする。見てはいけないような、一歩踏み込んだ秘密を見てしまったような、緊張感が走る。」
*「人間の血はだいたいみんなと同じで、成分にほとんど違いはないが、自分の血は自分のもので、自分の体内に密閉されている。
でも場合によっては人助けで献血をする。場合によっては寄付したり、プレゼントしたり、投資で失くしたりする。」
*「お金も血も、命にかかわるエネルギーの源である。流体である。生臭いものである。でも、輝いている。
いきなり見せられるとドキリとする。プライベートでありながら、共有のものでもあるところが、不思議な関係である。」
▼ 財布を拳銃に、そして刀に喩える切り口がよい。撃たれ、切られたとき、血が吹き出る。それからみて金はエネルギーと同じ。
一万は一万の、一千万は一千万、一億は一億のエネルギーがある。無駄を廃し、使うべきときは使う、それが金の効用。
・・・・・・
4042, 世界の旅行記101 ー3
2012年04月19日(木)
* 旅行記は、旅人により再構築された言説
≪ 旅行という行為や、そこでえられた環境や状況についての情報は、言説として再構成されている。
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04月19日(土)
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