ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[393363hit]
■4766,ぼんやりの時間 ー1
「今までの延長は捨て、50歳代に、その後の余生の全てを遣り尽そう」という思いが湧き上がった。そして残り30年分の
人生を圧縮して生きようと決心をして、「思い浮かぶ限りの遣り残した事を迷わず優先的にする」ことにした。
50代で秘境ツアーを中心に24回の旅行。美味い酒を飲む。当時、まだブログが無かったので、パソコン教室に通い、
個人HPを立上げて、全エネルギーをかけ思い浮かぶことを毎日「随想日記」として書き続け現在に至っている、これである。
これが私の隠居生活の移行で、それを私自身も気づかなかった。どれもこれも面白く、楽しくなければ続かない。
この経験から学んだことは、「御隠居は覚悟が無ければ出来ない」ということ。傍からみたらつまらないこと?でも、
遊び気分で全エネルギーで取り組んでこそ道楽。これも毎日、よくぞ真面目くさって書いている。でも、私にとって面白い。
だから道楽である。 御隠居は道楽をもっているかどうか。 たっぷりある時間を遊べるかどうかである。
まずはー内容紹介ー
【 こんな時代こそ「隠居」を見直そう! 原始、「隠居」は遊びの達人だった。若いモンの憧れだった。
目指すは、自由で洒脱な遊びの達人。横尾忠則、外山滋比古、赤瀬川原平、谷川俊太郎、安野光雅、坪内稔典の
豪年を取るって、いいもんだなァ。 豪華講師陣を迎え、ここに隠居養成大学がオープン。オモシロキビシク、
いい加減精神の真髄を語り明かす。】
老いは、生老病死のマイナス面が表立ってくる時期。その時、失われつつある喜怒哀楽を道楽の中に求める必要性がある。
考えてみれば「良く遊ぶ」のは非常に難しい! 次回は、一時限目の 「横尾忠則 対 御相手の天野祐吉」より
・・・・・・
4025, シングルイン、31年間の総括 ー6
2012年04月02日(月)
* リストラは、どうだったか ?
2001年の9・11テロの翌月から売上が毎年続けて一割以上減少、三年間で3分の2まで減少していった。
それに対し、ボーナスの半額カット(年間給与の一割相当)、私は5割以上、役員は4割カットをして対応したが、
キャッシュフローからの返済は1億3千万から4千万まで激減してしまった。 それまでの正社員と役員20数名のうち、
三分の一まで減らし、パート・アルバイトに切りかえた。 次に、二つのホテルの1階部分の客室を飲食店用のテナント
スペースに切り替え貸店舗にした。 さらに第三シングルインを長期滞在型ホテルに切り替えた。 二つの客室の壁を取り去り、
一つにして自動車学校や、企業の長期滞在として貸し出した。 それも数年で軌道に乗りかけ、目処がたった矢先のリーマンショック。
これも2割以上の売上減が三年目に入っても続いた結果、事業断念に至った。 新潟駅再開発も大幅に遅れ、
二つのホテルが道路拡張計画上にあって説明会が開かれていたが、そのプロセスで規模縮小か移転の想定も当てが外れていた。
そのリーマンショック以来、政府の緊急政策の御陰で資金繰りは何とか予備資金を使うことなく、持ちこたえていたが、
売上が三分の一まで落ち込み、事業存続の先行きを考え出した矢先に東北大震災。 これで最後の踏ん切りがついたが、直接原因は、
リーマンショック。 事業構造の転換も身を切るほど厳しいが、事業経営の真髄が発揮される場面。 もちろん返済額の減額交渉に、
リストラ策と、その実施と、経過報告が義務つけられ、その効果が出始め何とか目処がたった矢先のこれ。 十年間、やれることは
やった思いがあるので、後悔は全くない。 シングルインというホテル名と建物は、他の事業主が引き継いだので、ここで経営の
リストラが断行されたことになる。 6年先の道路買収まで維持できるかどうかだが、あまりにリスク要因が大きい。
長期装置産業の恐ろしさを知らないようだが、世界は楽観と悲観で成り立っている一事例。
・・・・・・・
3659, つれづれに
2011年04月02日(土)
* 原発事故の深刻さ
原発がもたらす影響は、今後どのようになっていくのだろうか? 経済は大きく落ち込むのは目に見えて明らかである。
[5]続きを読む
04月02日(水)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る