ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4710,閑話小題 ー遺体の生ゴミ化 
2〜3日に一本の割合で面白いのが必ずある。 設定無しだと、全地デジの30時間分が自動録画され、時間が過ぎたものは
自動的に消去される。これに面白そうなBSの旅番組やWoWoWを録画しておけば見切れないぐらいの面白い番組がストックされる。
どんどん録画をし、どんどん除去する。だから、「面白くない番組がない」というのは、面白い番組を見逃していることに
彼らは気づいていないだけ。 実際、テレビに嵌るのは良くないのは分かるが、面白いものは面白い。その上に、パソコンでも、
TVでも、Youtubeなどの投稿録画を見ることが出来る・・ ネットゲームを知らない人と気ままに遊びたくなってきた。
 で、再びパソコン教室に通う時期が来たようだ。居間では横にiPadを置き、TVドラマの合間にネット・サーフィンかゲーム。
ますます馬鹿になっている。 大馬鹿ならよいが、中馬鹿のようだから、どうもこうも! 最近の話題はTVの内容が多いか。
 ・・・・・・
3968, 民主主義への疑問 ー2
2012年02月05日(日)             
  * 明治元年の五箇条の御誓文    「民主主義とは何なのか」長谷川三千子著
【 たとえば自国が経済危機に陥っているからといって、若者たちがデモをし、店や車を壊して為ばれるという海外ニュースを、
 われわれはよく目にする。愚かしいかぎりの行動であるが、民主主義イデオロギーに即していえば、彼らは正しいふるまいを
 しているのである。指導者に対する不信と敵意を破壊的な行動によって示すのは、近代民主主義の出発点をかざるフランス革命以来の
 偉大なる伝統だからである。民主主義が本質的にかかえ込んでいるこうした愚しさを克服して、かくも厄介な民主主義をなんとか
うまく使いこなす方法はないものだろうか? 考えてみれば、「国民の、国民による」政治という形それ自体は、活気にみちた
健康的な国家をっくり上げてゆくうえで不可欠なものともいえる。国民自身が意欲を失い、やる気をなくした国家に、「国民のための政治」
が実現するはずはない。 ・・・明治元年の五箇条の御誓文には、そのエッセンスともいうべきものが簡明に表現さきじている。
 一、広ク会議ヲ興シ万機公論二決スヘシ
 一、上下心ヲ一ニシテ盛二経編ヲ行フヘシ
 一、官武一途庶民二至ル迄各其志ヲ遂ケ人心ヲシテ倦マサラシメンコトヲ要ス
 一、旧来ノ随習ヲ破リ天地ノ公道二基クヘシ
 一、智識ヲ世界二求メ大二皇基ヲ振起スヘシ
  ここでまず注目すべきところは第二条である。 この「経論」という言葉は、もともとは政治を指して使われる言葉であったが、
 ここではむしろ経済活動に重点を置いて使われている。つまり指導者も国民も、すべて心を合わせて、政治・経済の活動に
 積極的にかかわろう、ということである。あたり前の呼びかけとも思える。政治であれ経済であれその他何であれ、上も下も心を
 一つに合わせておこなわなければ、よい仕事はできないのである。しかし今みてきたとおり、この「上下心ヲ一ニシテ」ということは、
 まさに民主主義が捨ててしまった心構えである。その意味で、実はこれは極めて根本的な民主主義批判ともなっている。】
▼ 日本の近代の始まりの明治元年に立ち返り日本の誇りを取り戻すことが必要である。一条の「公論」の心構えこそ、この非常時に
 求められること。相手の論を叩き潰すのでなく、危機を乗り越えるための論でなくては。目標が明確であれば、公論が可能になる。
 声をだして、何度も読んでみたが、なる程、そのとおり。現在の日本は壊滅状態、これを第二の敗戦とみるなら、近代日本の精神を、
 この御誓文として新たな第一歩とすべき、という著者の論も納得する。 
  ・・・・・・・・
3603, 閑話小題
2011年02月05日(土)
  * ほんの5年前までは
 5〜6年前までは、「自分の生活は中の中」と答えた人が53パーセント、中の下が27パー、合計八割が中流と思っていた。
現在はどうだろう? 中流といえば350万〜650万、上流に近いのが700万以上あたりか。 2005年に下流社会という言葉が

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02月05日(水)
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