ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4657, 閑話小題 ーゴミ箱周辺で蠢く人々 ー2
だが5年使っているiMac二台が、まだ使える。TV、パソコン、月に数回のシネマ、スポーツジム、月に1〜2度の
飲み会の世界では、こんなもの。ところで家では「ママリッチ、パパプアー」。大きな夫婦間格差が現実。(´;ω;TOHO!
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3917, 精神力ーその偉大な力 ー7
2011年12月16日(金)
「 精神力ーその偉大な力 ー 」 ダン・カスター著
* まず相手を許すこと、そして自分自身を許すこと
◎ ヤコブは聖書に書いている、「汝が乞うても受けないのは、誤り乞うからだ」それを別の訳にすれば、
「あなたが求めるが受け入れられないのは、間違った求め方をするからだ」ということ。
「その人を許しなさい。そうすれば天にいます貴方の父、すなわち大生命力は、あなたを許して下さる」
◎ 傷ついた否定的な過去の記憶では、大生命力のエネルギーの自由な流れを妨げる。それを愛と信念をもって
書き換えねばなりません。「なんびとかに、また、なにものかに反抗して抱く全てのものをゆるせ」といった
キリストの言葉は、非常に実用的である。
◎ もし彼を許さなかったら、私自身を不愉快な体験に、そしてまた、その人に結びつけておくのです。彼を思うたびに、
不愉快な体験を繰り返すことになる。もし、私が誰かを傷つけたとして、彼が私を許せば、彼は解放されたことになる。
その許すということは、彼の側の精神活動です。怒りは憎しみは、恨まれた人より、恨んだ人を傷つけるものです。
賢い、常識的な考え方は、愛し、理解し、そして許すことです。「神よ、彼に祝福を」とだけ、心の底から言いなさい。
◎ 私たち各自は、毎日、静かに座って自分向かって次のことを言い、それをまじめに務めるがいい。
「 ・・・ 私たち各自は大きな無限の大生命力の一部であって、大生命力は実在の一部である。その大生命力の中で、
すべてを生き、動き、そして実在している。これは真理だから、私が行なったあらゆる過ちはについて私自身を許す。
そして多少とも私を害したあらゆる人を私は許す。許すなら、あらゆる体験から善いことのみが私に来ると知るから。
私が行なった一つ一つのあやまちは、より大きな理解と、より大きな機会への踏み石だから、過去のあらゆる体験を
私は祝福する。どんな過去の体験も、今日あるいは未来において私を害さない。私が許されたいよう、私はことごとく許す。」
▼ 自己啓発の、このようなセミナーに出席して感化を受け、日常の考え方と、祈りに取り入れたら、心の傷は和らぐだろう。
20歳代半ば、何度も何度も、この本を読んで救われていた。こういう経験があったから、何人かの鬱病の相談にのれたのだろう。
現状でも平然?としていられるのは、自分で見つけ、何度も読んで一人で手当をした経験があるためと、再確認をしている。
数ヶ月前に、地球の芯からの声が聞こえてきたのは、こういう経験があったからである。芯の声は大生命の声、魂の声である。
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3552, 何に出会うかを、成長と呼ぶ
2010年12月16日(木)
「何に出会うかを、成長と呼ぶ」 ある雑誌の新聞広告にあった言葉である。
実際に出会った人、著書を通して出会った人、宗教的啓示で触れた何もの。大自然の荘厳な景色から受けた感動、
絵画や音楽を通して感じた作者・作曲家の魂など、出会いそのものが成長になる。マイナーの何ものかの出会いは、マイナー
成長ということか。 その中で、書物を通して崇高な教えや啓示などの出会いは、一番身近で誰もが出会う機会になる。
最近は、ネットやテレビや映画などからも多くの出会いが可能になってきた。長年の風雪の中で、これまで読み継がれてきた
古典には、何かがある。その辺から多くのことを学ぶことも出会いになる。65年間に多くの出会いと別れがあった。
自分が経験してきた蓄積が新たな出会いを呼び込むのである。 最後は自分の「死」の直感という厄介な何に出会うのだろうが。
それも刷り込まれたイメージでしかない。出会いといえば、感動が伴なった経験である。人はどれだけ、感動、感激に
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12月16日(月)
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