ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4629, 夫婦格差社会 〜どういう男女が結婚するのか
新幹線内での読書で経験していた。 学生時代の友人の娘が日航のスチュワーデスをしていて、小泉元首相が外国への飛行での
機内専用サービスの担当になった時の経験談を聞いたことがある。「10数時間、お茶を一口飲んだだけで、ただ眠り続けていた」
という。あれは疲れで寝ていたと同時に、黙想?もあったのだろう。 過去に機内で同じ状態でいた時間はあったが、ひたすら
10数時間を黙想状態にしたのは初めての経験だった。 時間とお金に余裕があれば、充分価値のある時間になると、納得。
この経験から、ひとつの習慣が出来た。休日などで、ふと何もすることが無いとき、独り寝室で半睡をする。大体30分〜一時間。
ただ目を瞑り、休む。 この春から始めたヨガで、最後の5分、マントラを聞きながら大の字で弛緩する。これも機内と同じ状態。
好きなことに熱中している時も、これと似ている。この時間こそ、人生の財産である。私には時間という財産だけは充分にあった。
装置産業を選び、それゆえに固定化されたマイナス面があったが、反面、自由になる時間が充分にあった。これこそ財産だった。
秘境ツアーに、読書に、パソコンに・・ 日本人には、何もしないと価値のない時間と思い込む妙な習性がある。定年をむかえ、
それまでの延長に生きている人が、あまりに多い。私も似たようなものだが、改めて、じっくり時間の過ごし方を考えなければ!
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3889, 積極的逸脱 ー2
2011年11月18日(金)
 積極的逸脱は、その視点で捉えると多くの分野で見て取れる。ベターに妥協せずベストを求めた結果の現象が逸脱になる。
天才と秀才の差は逸脱をしているかである。秀才は決して逸脱はしないで、その世界の価値観の中で頭角する。
野茂がメジャーに行き、その後にイチロウ、松井秀喜が続いた。初めてのチャレンジは逸脱と捉えられがちになる。
彼らは天才、それとも秀才だろうか? 日本のレベルを超えているので、日本では天才、アメリカでは秀才?
いやイチロウはアメリカでも天才だろう。 そう考えると天災、秀才は比較の問題になる。とすると、自分で地元で、
積極的逸脱をしていたと思っていたのは、自己詭弁でしかなかったことになる。単なるアウトサイダー、ハグレモノ。
天才は、対象に没頭するあまり誤解のベールに包まれ逸脱者として扱われてきた。
 ところで、酒や薬でトリップするのを積極的逸脱というのか?というと、それは違う。
前回、書いたが、40・50歳代に多くの問題が重なり、そのストレス解消のため秘境旅行に数多く行ったが、
これは日常からの積極的逸脱であった。 その総量のエネルギーと感動は、その他の人生の総量と同じぐらいはあった。
人生の積極的逸脱で見られるのは、40歳半ばから50歳で一線を引退し、早々に自分の趣味の世界に入る人がいる。
江戸や明治時代には多く見られたが、現代では経済的事情があり、そんな優雅がことは難しい。 いや、それより、早々に
産業廃棄物扱いをされてしまう恐怖感が壁になっている。 私も結果からして、10年前に会社を売却して、第二の人生に
入った方が得策だった?と考えたが、それは後講釈。どちらにしても結局は同じ。 事業に「たら、れば」はない。 
 積極的逸脱もあるなら消極的逸脱もあってよい。一般にいう落伍者である。落伍による失意の果てに待っているのが自死。
これも、あの世への積極的逸脱と考えられなくもないが、好き好んで自死をする人は皆無に近いから、消極的逸脱の果てになる。
 鎌倉時代中期の僧侶一遍は時宗の開祖。「捨聖(すてひじり)」と尊称された。捨てて捨てて捨て去った人。
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3524, 「人・ひと」と、「人間」の違い
2010年11月18日(木)
 私たちは「人」と「人間」の違いを意識せず何気なく使っている。しかし、そこにはハッキリした違いがあるようだ。  
  この違いについて膨大なエネルギーで和辻哲郎が研究している。
【 和辻哲郎は「人・ひと」と、「人間」の違いにこだわり、これがどのように混同されて使われてきたかを、英語、フランス語、

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11月18日(月)
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