ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4628, 閑話小題 ー相棒 〜国民的刑事ものシリーズ
奥底に強固にこびりついて思考、行動を規制している。節目に、それが現れ出てきて、大きな壁となる。
ところで現在の状態に、あまり不満はない。毎日の生活が自然のままだから。知りたいこと、楽しみが絶えないこともある。
失敗も成功も人生の内である。それも考えてみれば裏表、一過性の現象でしかない。死んで三日もすれば、永遠の彼方に過ぎ去る。
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3888, 第二の人生は、「自由の刑罰?」
2011年11月17日(木)
サルトルが「人間は自由の刑に処せられている」と述べた。 自由は人間の求めるところだが、突然の倒産や、会社に
不満を持って辞め、いざ自由の身になると何も出来ない自分に直面して戸惑うのが人間の常。私も初めて会社勤めで、その過酷の
仕事に疲れはて、再び大学に入り直したが、もう社会的には傷物。 その後、事業を始めるには、まだ能力不足で、再度、
金沢にある会社に入り直し鍛え直した時の苦しさは筆舌に出来ないほど。 何とか踏みとどまっていたが、逆に、その立場の
視線で社会を見ると、多くの事が見えてくるもの。 結果からみて、それは予定挫折であった。自由は厳しいものである。
「なるほどサルトルのいう、自由は不自由!とは、このことか」と骨の髄まで思い知った。結局は自分の思いは、思いでしかない。
その経験を人生の前半に何度か味わってきたので、今回の事態では、こんなものかと冷静にいることが出来ている。
それよりも65歳の現在、人生を振り返ると、40年近く、自分で事業を起こし、独立独歩であったことが、如何に恵まれていたか。
自由を自分のものにして、判断をし、その結果をプラスもマイナスも直接感受出来たことは、最大の人生の収穫であった。
自由の不自由を克服し、不自由の苦悶の褒美として、自由の使いこなしが出来たことほど、幸せなことはない。
サルトルは実存主義者であるが、人間の本質は、「投企=取捨選択しながら未来に向けて自己を投げ入れ人生を切り開く」存在で
あるとし、実存が存在に先立つとしている。しかし老年になると、その未来が少なく感じ、人生を切り開く前に絶望が
先立つから困ったもの。自由と平等と博愛の社会は理想だが、こと個々人になると、非常に難しい課題になる。
「自由の刑罰」の獄死か、獄内で、うち拉がれている人の山? それが世間という世界である。
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3523, 都市型狩猟採集生活
2010年11月17日(水)
「ゼロから始める都市型狩猟採集生活 」 坂口 恭平 (著)
先日、「新潮45・9月号」を図書館から借りてきたが、そこに養老孟と設計士兼作家の坂口恭平の対談があった。
「都市型狩猟採集生活ー対談」がテーマで、上記の著書の内容についての対談。彼は巨大建築物を設計することに違和感を持ち、
これ以上、新しい建物を作っても仕方ない、それより現在あるものを転用したり、人が見捨てた場所を転用したりすればいいと考え、
路上生活者の家に興味を持った。都市から溢れ出た「ゴミ」によって作られた工費0円の家。その写真集「0円ハウス」まで出版。
たまたま図書館で、その写真をみたことがあるが合理的だ。 路上生活者は都市に落ちている余剰物を「自然素材」と捉え、
それらから家を建てている。彼らにとって、都市は鬱屈したコンクリートジャングルでなく、資源ゆたかな世界に見える。
坂口は、廃棄されるゴミを山や海の幸のように〈都市の幸〉と名づけた。 彼らは“都市の幸”で暮らせば、
政治、経済、労働、あらゆるものから解放され、自分自身にしかできない生活を獲得している。
ー以下の文章はアマゾンの書評にあったものをコピーしたものだが、なかなか考えさせられるー
* 「アルミ缶拾いは他人よりも先に拾わないといけない生業なのに、達人たちの話を聞くと、みんなあまりガツガツ
していないことに驚かされる。ようするに焦ってはダメなのだ。採集したあとは周囲を掃除する位の心の余裕が必要だ。
そんな姿を見ている人がいる。 それが次の顧客との出会いにつながるのである。」 (p.68)
* 「高い解像度で都市を見ることができるようになったきみは、社会のルールを何一つ変えることなく文句一つ言うことなく、
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11月17日(日)
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