ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4509, 一日5分「簡単ヨーガ」健康法 ー7
何も変わることない生活を送る人と、海辺で浸水が始まり慌てている人もいる。 鈍い人は、現実に大波が来ないと分からないのだ。
ただ、それぞれの立ち位置で、問題の大きさが違うから難しい。5階以上のビルの人にとって、それほど慌てることもないが、
目先の生命は助かっても生活圏が根こそぎ破壊されてしまう。 時どき週刊誌に、大津波の襲来と対応策が見出しに掲載されるが、
売らんがための大げさな見出しとして、狼少年の騒ぎとして見ている。しかし、NHKが特番で危機の深刻さを報じているので、
分かっているはずだが。また私の知人の子弟が外国に留学やビジネスで滞在している人が多い。彼等も二分していて、対策をとる人、
とらない人がいる。どっちにしても、この年齢になれば、何があっても先が知れている。初めは、戦争勃発による株式の暴落から
始まり、ハイパーインフレ、そして銀行閉鎖か? それもなく、延々と現状が続くのか?そうあって欲しいが、有り得ないこと。
   * 父親のこと
 父については何度か書いてきたが、年齢を重ねるごとに父親のことを思い出すことが多くなっている。
年齢が父の晩年に近づいているためだが、どうしも自分と対比してしまう。 私が父親の42歳時の子供だったこともあり、
私を特別視をしてくれていた。その影響はプラスマイナスにも、現在も強くある。父親の死は最大の子供へのプレゼント
という話を聞いたことがある。自立をするためだ。 その意味で私が26歳の時に亡くなったことは丁度良いタイミングであった。 
その頃から創業を始め、結婚も重なり決断は自分独りでするしかない。経験不足の身にとって一つ間違えると地獄のそれは、 
結果が直接、跳ね返ってくるため厳しい。それも、自信が無くとも、分った振りをして決めるしかない。 事業人生の40年間は、
特に、その場で瞬時に判断しなければならない世界。去年の節目から16ヶ月になるが、今だ解放感で空中を浮いているように
気持ちが軽くなっている。 現役の方が良かったなど懐かしむ気持ちは今だになれないが、後悔とか、未練は全くない。
 父は42歳で終戦を向かえ、10数軒あったという貸家は長岡の空襲で全て燃えてしまい一財産の殆んどを失い、そこから
裸一貫から第二の人生が始まった。その頃に私が生まれたが、当時の記憶は生まれた数ヶ月後からハッキリと憶えている。
変化変化の刺激的な日々だったからだろう。その中で必死に働いていた両親の姿が子供心に輝いて見えていた。
 ・・・・・・
3769, 下流の宴 ー2
2011年07月21日(木)
 昨日、7回シリーズの「下流の宴」−最終回のビデオをみた。これでシリーズの録画、3、4、6、7をみたことになる。
内容は団塊世代の現状の起承転結の転結そのもの。 遅かれ早かれ人生は、こんなものであると・・。下流と見下された少女と、
上流?家族の母親との対比の中で、下流、上流とかいう世間体の虚実を浮かび上がらせている。 この隠れテーマは、
「総中流だった団塊世代の崩壊と現代の若者」で、上流とかいう虚妄の実態を面白可笑しく表現している。下流と蔑まされた
痛いげない少女の必死な姿を通して、人間の品格とは何かを問おうとしている。あの夫婦の姿は多かれ少なかれ、定年をむかえている
団塊世代の家庭内に見られる実情。 そこで、問われるのは、「考える」ということ、定年までの準備の有無、そして、これまでの
人生を如何に生きてきたかである。 あの家族の父親が自分、医者の娘というだけが誇りの母親が家内、そして二人の息子を、
あの二人の子供に重ねると、他人事でない? で、どうした!である。 家族には、それぞれの結末が待っている。 
最後は永遠の果てに散っていくのである。それが早いか遅いかの差でしかない。 医者を偉そうに取り扱っているが、
現在の医師の8割は技術者でしかない。そのことを当人たちは熟知している(はずである?)。何かに向かい一心不乱で努力する姿勢、
それに対し全く無頓着の生様、それぞれの人間の姿を作家の林真理子は表現したかったのだろう。蔑まされていた娘が独りで、

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07月21日(日)
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