ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4498, 大往生したけりゃ医療とかかわるな ー1
特老の配置医が公にしたのだから反響は大きいの当然である。この本も特老の医師という視点で、壮年以下の年齢の
人には当てはまらないが、参考にする部分は多くあるはず。根底から私の先入観を覆す内容である。そういうこと!
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4124, 老後の備え
2012年07月10日(火)
「老後に後悔しない10の備え」三浦朱門著 ー�
* 老後の備え ーあってもなくても、虚無
学生時代に社会学を専攻した。社会といえば人間の集団をいう。個々にみれば人間学ということになる。人生とは、その人間の
始まりから終わりまでをいい、老後は最後の2割ぐらいの時期。その備えを人生の半ばの中年期から如何に準備するかを
問うているのが、この本。 その時々に、やるべきことを明確にして全力で生きれば老後の備えなど考えることもないが、とはいえ、
長年かけた準備は必要である。 私の場合、何度も書いているが、「50歳代の10年間に30年分の人生を生きること」が人生の
最終の備えの仕上げであった。この御陰で60歳になってから、精神的に非常に楽になった。し残したことが少ないという実感は
他人に対しても自分に対しても余裕を持てる。40年近い事業人生は常に最悪の事業破綻の心配が纏わりついてきた。その恐怖感が
逆にリスク管理をさせることになった。 倒産すれば全て失うし、失業保険もないし、退職金もない。まる裸になってしまう。
その危険の海の中でこそ智恵が出てくる。しかし、想定外の事態が起こるのが事業。その事業破綻の備えは人生の備えと大きく重なる。
破綻の備えを事業計画の組立の中に入れておくのは基本である。 私は、第一に「家族は事業に直接関わりを持たせない」であった。
家業と事業の違いは、会社規模に関係なく家族・親戚を事業に関わらせているかどうかである。家業は家業で、それはそれで良い。
ただ危険度は高いが、長年かけた備えの知恵がある。家内の実家を見ていると、つくづく感じる。何があっても生き延びる体質がある。
長年かけた老後の備えに、日記帳的記録を書き続けることがある。私の場合、このブログ。大きな挫折で虚無に陥りそうな気持ちを
何とか支えてくれている。 この著書は、「老後に後悔しない10の備え」を勧めているが、老後に至った現在、「今から」より、
「今更」の内容。 行蔵の中身の質量を高めておけば、それが老後に生きてくる。 それぞれの人の視界にみえる地平線内の景色は、
その人だけのもの。 目先の生活の心配をしないで済む余裕があれば良いが、時代が時代で一寸先は闇である。 その中にあって、
孤独に耐えらる教養と趣味。この二つをベースとした構えを中年から本気になって構築すべきである。 ところで、老後という言葉。
死ぬまで、その人に纏わりつく不安の化け物にも思える。それは還暦から20年以上も生きなければならない分、大きくなっていく。
人生は何とかなるもの。何ともならない時は、自分は無になっている。だから「いま・ここ」で、精一杯生きるしかない。ただそれだけ。
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3758, ユング ー 1
2011年07月10日(日)
15〜6年前に、この本を買って読んだ時の衝撃は現在も残っている。それ以前にスェーデン・ボルグの
霊に関する本を読んだことがあったが、この序文からして、一挙に著者によって、「ユング」の異様な世界に引き込まれてしまった。
6年ほど前に、文芸春秋の誌面で立花隆が、「ユング」について、書いた時、ここで取り上げた。 ユングといえば、
超常現象と霊について、心理学者として真正面から向き合った人である。それでフロイトと袂を分かった。
日本では河合隼雄と秋山さと子が、ユング研究で知られている。また江戸時代に明恵という坊様が、夢世界の著書を書いている。
著者のコリン・ウィルソンは、これまた面白い人物で、「アウトサイダー」以来一貫して、「現代人の精神の貧困を問題視し、
その原因と克服の道は何か」を問い続けてきた人物。この著書は、序文から終わりまで、息をつかせないぐらい濃い。 オカルト、
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07月10日(水)
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