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堀井On-Line
by horii86
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■4457, 今日は父親の命日 ー40周年
創業を幾つか楽しんだ結果、三つの経済災害で終わっただけ、と本心から思えるから有難い。失う哀しみは、いずれ味わう時期がくる。
順調に後継者に引き継いでもである。それなら綺麗さっぱり、根こそぎ洗い流されてしまえば諦めがつくというもの。
この結果は、ワーストでもなく、ベターでもなく、ベストだったのかもしれない?。 世界恐慌の直前もあり、ベスト?
父が生きていて私を批判するなら、「調子に乗りすぎて、天合を欠いたな!」。 新潟駅前で500室は過剰だったかもしれない。
それでも父は、「その結果に押しつぶされる方が大問題。撤収は、正解!」と言うはず。 世界も、日本も、この異常事態なら当然。
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3717、閑話小題
2011年05月30日(月)
  * 今日は父親の38周忌
 父親が亡くなって38周年。私には生前の父親の存在があまりに大きかったので、亡くなった日が、第二の自分の誕生日と思うほど。
その時が精神的自立の時だったようである。毎年のように同じようなことを書いているが、八人兄姉の末っ子で、父親は特別に私を
大事にしてくれていた。その意味で、私の人生は当たりと信じている。両親の愛情の分量が、自分という存在に対して、肯定的に
なれるかどうかの境目になる。父が亡くなって38年という歳月は、長く、刺激的な日々であった。
結果として、この事態(倒産)になっても、時代背景に飲み込まれたと諦めがついている。 父から学んだことは、金銭哲学である。
『死に金を使うな、普段の生活を節制し、使うべき時は使うこと。事業を通して人生を楽しむこと。趣味は大事にすること。』
大筋は、こんなものだが、人生の何たることか、両親の生き様を通して学べたことは、本当に良かったと思っている。この事態でも、
両親の子供のころ見てきた苦労からすれば、数分の一でしかない。だから、平然?としていられる。事業を起こし、維持し、そして、
消滅させる物語は、そう甘い要素で成り立つ訳がない。その前提を知っているから、その辺の輩の批判、罵倒は無視出来る。
 それにしても、自分の息子に毎年、このような追悼の文章を書いて貰える父も幸せ?である。 これが私の供養である。
   * 地震保険について
 TVのモーニングショーを見ていると、「地震保険」について取り上げていた。東北大震災以来、保険の契約が三倍に増えたという。
 意外と知らないことが、多いのが地震保険。 ーまずは、その内容から
【 ・火災保険に入ってないと、地震保険は入れない。地震の時に発生した火災では、火災保険はおりない。
  ・支払い最大範囲は、火災保険の3〜4割まで。家を建て直すというより、生活保障の役割でしかない。
  ・全壊が全額、半壊が半額、一部損傷が5パーが、目安という。
  ・地震の場合、保険屋がパンクした場合支払いが不能になる心配は(国家が5兆円まで補償するので)ない。
  ・建物の構造や、地域によって、保険金は大きく変わってくる。
  ・地震保険に入っている割合は、火災保険に入っている人の4分の1
  ・全壊で100パー、半壊で50パー、一部損壊で5パーが、保険でおりる目安。 】
 ー以上のことは、このTVを見るまで、知らなかったこと。これに入るか否かは、それぞれの住居環境による。
  ・・・・・・・
  3352, 父の命日(37周年)
 2010年05月30日(日)
 毎年、父の命日に思い出や人となりを書いていると、多くのことが記憶の彼方から思い出される。
思い出し、書くことが父にとっての供養と思っている。
「過去の所業と思いが魂」と仮説を立てると、「両親と子供の頃の思い出は魂の故里」になる。
これまで書いてきたが、父は典型的な明治人で、シャイな性格。 長男で実家の古美術商を引き継ぎ、
第二次世界大戦の戦時中は骨董は売れなくなったため、兵隊の戦死者が多くなり仏壇と仏具の販売で乗り切った。
終戦直後は古着の売買に転進、その後、衣料品量販店に切り替え、地方では小さいながらも名をなした。 
古美術商の時代には、地元出身の山本五十六や、ツガミの津上退助、そして野本互尊などに骨董品を収め、

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05月30日(木)
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