ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4446, 屋根裏に誰かいるんですよ
捨てるに捨てられないという。毎年、その人形に拝みにくる家族がいるからだ。その花嫁人形も、特注のものばかり。院代の話の奥行は深い。
東北大震災で奥さんがお産のため実家に帰っていて、亡くなられたヤンキーっぽい若い人の話が、涙を誘う。ただ独りで来たが、哀しみが
感じられなかったという。哀しむまで心が追いついてないのだ。本当の悲しみは時間とともにやってくる。 あっという間の二時間だった。
30年近く前に行った恐山は、強烈な印象である。山鳴りと、硫黄の臭いと、老人が多く入っていた硫黄風呂。 あちこちに置かれていた遺品。
そして、イタコと涙ながらに話している人たち。目の前に広がる白っぽい小さな湖。哀しみの感情の器である。
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3706, 自己を見つめる −23
2011年05月19日(木)
ー 他者について ー 「自己を見つめる 」 渡邊二郎 (著)
幼児の頃から、「自分」は、他者の呼びかけによってカタチづくられていく。そして一般的には、「他者」は、自分以外の人や、
生物、そして物を総称して呼ばれる。 二人称の「汝」と「我」の出会いと対話から生じてくるのが他者である。
【(* 対人関係の葛藤の海 ーp186) 二十世紀になって、たとえばブーバーなどを中心として、多くの思想家によって、
二人称の「汝」と向き合った、「我と汝」の出会いと対話の関係が、人間存在の根本事実として、改めて強調されるようになったのも
当然である。とりわけ、人間関係が稀薄になってゆく機械的現代文明社会のなかでは、「我汝関係」の豊かな拡充が緊急の課題として
重視された。ブーバーなどは、汝の奥に、永遠の汝の面影さえ予感して、神の前に立つ自己の存在の確認を、汝との出会いの延長線上に
設定するほどである。こうした我汝関係の思想は、十九世紀前半のフォイエルバッハあたりから始まるとも言えるが、
とりわけ現代において強調された重要な問題意識であると見てよい。
さりながら、そうした他者のうちに、たとえば、サルトルは、むしろ逆に、鋭く私の秘密を握って、私に対して支配力を
行使しようと隙を窺っている、油断のならない「まなざし」を予感した。したがって、そこでは、自他の関係は、
永遠に自由をもった者同土の「相克」が宿命となる。調和的な共同主観などは幻想であり、むしろ、個別の体人同士の
峻烈な争いと闘いが、対人関係の根本事実と見なされるわけである。
ヤスパーも、人間関係において、やはり、争いを、不可避の個別的限界状況と捉えていたことは、すでに述べた。
・ つまり、一つには、人間関係の根本には生存競争という非情な争いが、一皮剥けば、いたるところに隠れ潜んでいることが、
すぐに露呈してくるからである。実際、人間関係の深刻な極限的状況においては、食うか食われるかの、生死を賭けた争いの火花が
噴出してくることは、誰もがつとに覚悟している。 また、平凡な日常生活の場面においても、いろいろな局面で、先着順や成績順や
業績順や体力順によって、岐路が分かれ、自他の運不運の差が顕在化して、憂き世での浮沈が結果としてくる。
・ さらに二つには、自己と他者は、相互に協力し合いながらも、「愛しながらの争い」において、互いにたえず、本心を確かめ合おうとし、
公明正大さをめぐる人間的吟味の鋭い眼を、相互に向け合う。すなわち、自他は互いに、相手が、どれほど誠実であるか否かを、いつも
気懸かりの種とする。つまり、他者を、その誠意や裏切り、欺朧や正直、傲慢や謙虚、忘恩や怠慢などの点で、吟味して、他者が
真に信頼の置ける人物であるか否かを、人は不断に確認しようとする。・・・ 】
▼ ソクラテス、デカルト、カントの三者の考えは、みな「私」を拠り所にして他者や世界と立ち向かっていたと感じていた。
しっかりした「自分」があってはじめて他人と接しることができると考えていたようである。しかし、19世紀初めに
生きたヘーゲルは、この考えに根本から批判する。自分が自分でいるのは、先に「私」があるのではなく、むしろ他者が
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05月19日(日)
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