ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4166, 老年行動学 ー3
だけど、どうして?最後に何かにぶつかるのだとすると、その何かは空間のなかにないといけないんじゃないだろうか。
そして、その何かが空間にあって、空間ももっとあるとすると、その向こう側にも何かがあることになるんじゃないか。
ただ、そうすると限界がないことになるけれど、終わりのない空間なんかあるはずない。終わりのない時間がありえないのと同じである。』
 こうした問題にしきりと頭を悩ませた末、私はこう考えるようになった。最大の間違いは、自分に想像できないものがあるはずはないという
仮定にあるのだろう。 考えられることと、実際にありうることとは違うのかもしれない。結局のところ「つぎはどうなる? そのつぎは? 
そのつぎは? そのつぎは? 」と、ずっと問いつづけていれば、確かにある意味では、永遠につづいていくものがあると考えることはできる。
しかし、その永遠につづくものは考えられるだけで、実際には存在しないということも、当たり前のような気がする。
 無限というものは、考えることはできても、存在することはありえない。たとえば星の敗が無限であることなど実際にはありえないように・・。
それとも、自分は落とし穴かち抜け出そうとしているのに、いままた落ちつつあるのだろうか? ともかく、真相がなんであれ
(考えられるものが存在できず、考えられないものが存在できるとしても)、それは自分が現に抱えている問題を解決する役には立たないだろう。
時間に始まりがあるのかないのかについて、それは真相を教えてくれないからである。いったい、このふたつのうちどちらが本当なのだろう? 】
 ▼ 私が、年齢を重ねて実感していることを、既に10歳前後から考えていたのだから文化の背景が違うということになる。
  欧州では中学校の頃から哲学の授業が取り入れられている。 考える基礎を感受性の強い中学の時期に教える必要性を
  ギリシャから続いている哲学の歴史から学んでいたのである。「何かが存在するためには、その何か、他のものと違う何らかの個性を
  備えてなければならない」という考え方は、西欧の考え方のベースにある。 島国の日本では、個性を押しつぶした右倣いが必然になる。
  欧州は多民族のため、常に隣国から虐殺される危険があり、万一の場合、それぞれが違った個性で生きのびる必要性があった。
  そのため自分の頭で考えることが最重要になる。 やはり、考えて生きるべきである。そのことは周辺、いや自分を省みて了解できる。
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3436, 人生で後悔することとは? 満足していることは?
2010年08月22日(日)
  * 私の人生で後悔することを、まず3つ挙げるとしたら
 先日、「死ぬときに後悔すること」を取りあげた。そこで私の場合はどうか、考えてみた。
 ● 人生で後悔すること
・酒の飲みすぎと、それからくる失敗の連続
・身近の人たちへの配慮の不足
・NTT株やカラオケ事業など中途半端な準備で大失敗したこと
・100年、250年に一度の世界的変動期に遭遇してしまったこと
・大学ノートに絞って生情報・知識を整理したおくべきだった。 記録のパターンの統一の不徹底
 ● 人生で、本当に良かったと思えること
・幼児期・少年期に、両親の創業を家族として体験できたこと(両親が必死に働いている姿を身近でみたこと)
・大学時代に多種の経験ができたこと。 最も充実した学生生活を送れたと言えること
 《ゼミ、一ヶ月間の欧州旅行、寮生活、クラブなどなど》
・30歳までに、問題の大部分を吐き出し、乗り越えたこと。
・26歳から、四十年近く独立独歩で事業ができたこと。
・55歳からHPを開設、公開し、一日一テーマで9年3ヶ月、休むことなく書き続けたこと。
 その結果、ネット世界に乗り遅れなかったこと。 まる『10年』に9ケ月になったこと 
  その結果、情報化社会の一端を垣間見れたこと
・好きな秘境・異境ツアーを中心に海外ツアーなど47回、続けて旅行できたこと
・両親などの家庭環境に恵まれ、時代背景が歴史的にみて日本がベストの時代に20、30、40歳代を過ごせたこと

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08月22日(水)
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