ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3963, 貧乏ばあさん
それも入り口の数ミリの出来事でしかないと考えると、現在起っている現象が理解できる。この見方も決してオーバーでない。」
という脳の奥からの言葉が不気味に湧き出てくる。ネット社会は、もう既成の体制の価値観を根こそぎ消滅を始めてきた。
20万年前に道具を、200万年前に言葉を使い始めてから、人間は他の動物から違う歩みを始めた。これから人類に数百年先が
存在しているかどうかだが、その時点から現在が、人類の断層の割れ目の時期になる。 激変は辛いが、しかし ? ? !
・・・・・・・
2010年01月31日(日)
 3233, 死は‘別れ’のとき ー2
 * あなたと出会って良かった !
 昨日は高校の同級生の葬儀。 150人位の参列者で、同級生は15〜6人位。通夜は11名で、通夜と重なっている人をならすと
 22〜3名。 それぞれが背負って生きてきた人生の全体が垣間見えるのが葬式である。 高校の同級生の葬式といえば、
 次は誰かと互いに詮索し押し付けあうのが恒例。ところで葬式で、火葬場の最後の別れの場面が人生模様の圧縮が表出する。 
 実は、この場面の立会いが好きである。悲しみと同時に故人と家族の愛が全体を包むからである。故人の奥さんの絶叫が涙を誘った。 
 御棺の顔部分の蓋を閉めるとき、奥さんの声が聞こえてきた。「あなたの奥さんで良かった! 幸せな人生でした。 
 ありがとう。ありがとう。ありがとうございました。 ありがとう。ありがとうございました。」と。同時に家族全員が号泣。
 そして娘さんが遺体を焼却炉に入れる直前に、「いや、入れないで!」と絶叫。 これまで、数かぞえ切れないほど、
 その場面に立ち会ってきたが、 これほどの感動的な悲しい場面は初めて。 会場の殆どの人が涙を流し、立ちすくんでいた。
 奥さんと家族の感情が自然に堰を切ったように出たのである。火葬場からの帰りのバスの中でも涙が止まらなかった。
 自分の家族に、果たしてこんなことを言ってもらえるだろうか。 無いだろう!
  ところで、本人の死に顔は気の毒なほどやつれていた。 すざましい苦痛との死闘があったのだろう。  ご冥福を! 
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2009年01月31日(土)
 2858, 人生を振り返り、俯瞰してみると −2
63年を振り返ってみると、人生は自分しか歩けない一本道ということがわかる。その時節ごとに、それぞれの時代背景があり、
その度に色いろな人との出会いがあった。その時どきには、それが全てに思え、またそれしか見えなかった。
前回書いたように、それぞれの年代を上から下へと断層面として眺めると面白い。断層面としてみると俯瞰がしやすいのである。 
「父が現在の私の年齢の時には私が22歳。そうか父は私を大きな期待と不安を持って見ていたのか!」とか等々。
十年単位の断層を見ていたら、「私の周期は9年」ということが見えてきた。9,18、27、36、45、54、63歳である。 
この時期に大きな節目になっている。これからすると、次は72歳になる。もしかしたら、あの世への御門が待っているか? 
それとも今年?  ーところで、人生をビルに例えて階層を重ねてみたら解りやすい!
 屋上ー     なるほど上は空
8階ー80歳代以降は、一日一生で、毎日を味あう時期。
7階ー70歳代は、人生の整理の時期に入り、全てをシンプルに変えていく時期。
6階ー60歳代は、人生の豊穣の時で、それまで出来なかったことを新たに始める時になる。
5階ー50歳代は、大きな人生の回り角、競馬でいうと第三コーナーを回って直線に差し掛かる時期。
4階ー40歳代は、人生の八割がたが決まり、一息つけるが胸突き八丁でもある。
3階ー30歳代は、それまで蓄積した全てを創造に向けて吐き出す時期。
2階ー20歳代は、泥まみれになりながら、社会人としての基礎を身に付ける時期。
1階ー10歳代は、スポーツと勉強を通して、選別されていく時期。とにかく、学ぶ時期。
 それぞれにフロアーは一年一年ごとの10の回り階段になっているとイメージすればよい。地下は母親の胎内?、それとも姉・兄?  

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01月31日(火)
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