ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3740, 閑話小題
刑務所にでも入っていたほうが身の安全だろう。 国技とかいう特権を剥奪すべき時期にきたとみるべきである。
 大相撲がつづく限り、こういう問題は付いてまわる。 これから角界を去った元力士からの実態の暴露もでるだろうし・・・
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3000、3000回か〜
2009年06月22日(月)
この随想日記が3000回になった。1000回、2000回の時ほどの感慨がない。
書き続けることに慣れてきたのだろう。 誰に頼まれたわけじゃなし、ただ習慣だから続けているだけ。
確かに、続けているとプラスにはなる。 考えざるを得ないからである。 それと、常に何か書くことがないか
注意を周囲に向けるようになった。 その現場で、キーワード探しと、その組み合わせをするようになっている。
書くことを職業にしている人は、考えることを職にしていることになるが、紺屋の白袴で・・・・?
ところで、千回、二千回の時に何を書いていたか、調べてみた。 なるほど、今回も同じような気持ちである。
ふと、気づいたが、自分とは時間の経過と同時に広がっているということ。それと心の底の変わらない‘X’が魂ということになる。
・・・・・・・
2006/09/24  
2000, 継父           (。^0^。)オッ(*^○^*)ハ?          
今日は母の命日で、亡くなってまる十年経った。この随想日記2000回と重なるところが不思議である。
早かったのか遅かったのかというと、大昔のような気がする。5年半の間、痴呆症になっていたが死に際の入院までオシメを
することがなかった。痴呆症を切れ掛かった蛍光灯に例えると分かりやすい。始めは時々切れてはつくが、その回数が増えてくる。
マダラボケがジワジワと悪化すると被害妄想や、抑えていた悪口・陰口が始まる。心が腐っていくのが手に取るように解る。
マダラボケは一緒に生活をいていると疲れるものである。亡くなって一月後になって「人様はなんて楽な日常を過ごしているのだろう!」と、
驚いてしまった。両親の一生をみると人生の深さを思い知る。戦争は全ての国民に深い傷と重石を担がせる。第二次大戦直後に生まれたが、
あと十数年早く生まれていたら戦争にとられて・・・ ところで母の命日なので供養として、母の幼少時の、絵に描いたような地獄絵の
世界を話してみよう。 そして、それが長男・次男の死の間接的な死の原因になってしまう。 この話を故人になったが教育学者の
森信三さんが間接的に聞いて、「自分の主催している会で話して欲しい」依頼があったが、断ってしまった。
20年前で母が生存中なことと、それを多くのセレブの前で話すには自分が出来てなかった。その時、是非話しておけばと悔いが残っている。
母が幼児の頃、父親が母の兄と姉を残して亡くなってしまった。(奇しくも昨日 TVのWOWOWで「世界で不幸な物語」という映画を観た。
3人の資産家の孤児が、里親に命を狙われ転々とする筋書き)家が商売をしていたので残った母の母ー祖母は男後家をもらうしかなった。
そして祖母と男後家との間に4人の子供が生まれた。そこで何が起こるだろうか? この設定は、言わずもがなの結果になる。
義父による実子との差別と、徹底的な虐めである。3人の末であった母に、特に虐めがいったという。それが母のトラウマになってしまった。                     ーつづく                      さて墓参りだ!
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1000, \(~o~)/千日の随想日記!
 2003年12月30日(火)
 1昨年の5月2日から今日の12月30日までは973日である。更に旅行をしていて休んだ一回分の日を加えると
約35〜40が合わない。調べてみると206ー222とか250,251辺りとか何箇所かがぬけている。
しかし小説風の「宗親日記」が大体その位の数を書いているので、合わせて一千回の到着日とすることにした。
あくまで自分ひとりの記念でしかない。
 子孫への永久保存版としてー「子供や孫に見せるように」と、また「遺言」のつもりで書いてきた
(書き始めて一年位経ってからだが)だから続いたのだろう。自分の父親や、祖父がこのような文章を残していたら、

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06月22日(水)
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