ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3502, 10−10−10 ー③
歪められる現象のこと。 一般にポジティブな方向への歪みを指すことが多いが、ネガティブな方向へのハロー効果も存在する。
ハローとは、「後光が差す」というときの後光、聖像の光背や光輪のことで、後光効果、光背効果とも呼ばれる。
例として、ある人が難関大学卒であった場合、その人が学力においてだけでなく、人格的にも優れていると思い込んでしまう
ケースが挙げられる。また、有名人やタレントを通じたCMや広告がその商品やサービスを実際に使ったりしたことがないにも
かかわらず良いイメージを与える。それによって購入意欲を刺激したり、購入したりする。 いっぽう、CMに起用された
タレントが不祥事を起こしたりすると、商品自体に何の不満も覚えていなかったにもかかわらず購入意欲が削がれたりする ≫
▼ 常に、何処かのバカタレが麻薬事件で問題を起こしているが、あれが実情の素顔でしかない。虚像を売るのが彼らの商売。
クレオパトラは、それほどの美人ではなく、常に男の視線を意識をして派手な演出効果をしていたとか。特に色と光に、そんなもの。
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2762, 半歩遅れの読書術
2008年10月27日(月)
日経新聞に連載中の書評4年分をまとめたもの。新刊書ではなく、刊行後1-2年経た本を主な対象にしている。
30名が読書にまつわる思いを書いている中身の濃い本である。
冒頭に出てきた荒川洋治のー基本という「本」−僕のジャンル別の『書き方』−の次の一節が面白い。
ーP-22
M・j・アドラー、C・V・ドーレンの『入門本を読む本』(外山滋比占、一九九七)は本を読む人のための、本だ。
「文学書」を読むときの心得は、「文学の影響力に抵抗してはならない」。たとえぱバリが舞台の小説を読みながら、
ロンドンだったらいいのにね、などと思わないこと。流れに身をまかせよ。それが読者の経験となる。
「文学の中に名辞、命題、論証を求めてはならない」。いうにいわれぬ「何か」を求めることだ、と。
またテレビやラジオなど外側の情報源は「突っかい俸にすぎない」。だから本を手放してはならないと、
「自分の中に精神的貯えをもたなければ、知的にも、道徳的にも、精神的にも、われわれの成長は止まってしまう。
そのとき、われわれの死がはじまる」。現代人への、警告である。・・・(中略)
さて、ぼくは読みかたではなく、書きかた、主に書くときの気持ちのもちかたをジャンル別に整理してみた。
「簡潔」を旨としたい。
《小説》自分がその件について書けることをすべて書く。
「自分がかかえている問題」が一番重要な問題なのだと思って、つきすすむ。
《エッセイ》自分がその件について知ることをすべて破棄する。知識、情報、数字を出さない。
できあがったら子供や年下の人に見せて、意見をきく。「これでいいかなあ」
《評論》誰もが考えもしない視点をもちだし、「聞い」を突き出す。発表まで、決して人に見せてはならない。
《詩》自分のなかにある「権力」をゼロにする。言葉をも追い払う気持ちで書き、死後に託す。
生きている人の評価に耳を貸してはならない。
《短歌》五七五七七のうしろの七七にすべてをかける。自己の感情の充足を第一とすると、いい歌?になる。
《俳句》五七五のあとにまだ七七があるつもりで、しかし、途中でぶったぎる。意味が生まれては俳句ではない。
本当にこうなのかは、どうでもいい。「文学書」不況の時代には、基本的な事柄について、熱く議論することだ。
そうすれば目がさめる。ぼくもわたしも。 基本の中に、「本」がある。
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−以上だが、何とも迫力がある。
《エッセイ》で、自分の知ることをすべて破棄する!とは、凄い言葉である。
私など知ることを精一杯書いているだけでしかないから分かるのである。限界の先を書くから人を引き付ける。
また、ここで荒川は知り合った「学ぶ」学生5人組に共通点を挙げていた。
<彼らは雑記長を持ちある> <いつも本屋にいる> <風邪をひかない」の三つという。
風邪を引くのは甘いと思う!という言葉も重く響く。 何事もプロの世界は質量が違うということ。
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10月27日(水)
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