ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3229, つれづれに ー閑話小題
ところで堺屋太一の寄稿 ー「健全な格差」とは何かーで、日本を覆う三つの格差を取り上げていた。
・1つ目は、親の顔ー人脈格差
・2つ目は、正規社員と非正規社員、つまり大企業や官公庁の組織に入り込んだ「職縁人」と、
そうでない「無縁人」職縁情報格差である。
・3つ目は、東京圏と、その他の地方の間の差別。今や日本は、東京の千代田区と港区に集中した
「出島」からしか情報が入らなくなった不便な社会になってしまった。 地域格差である。
それだけでない、東京都と地方の情報の断絶だけでなく、世界と東京の断絶もまた深刻という。
この三つの固定化で、その格差が拡大しているという。
まあ、これは堺屋太一が知らないだけだろうが、情報化で、その壁は大きく崩れている。
いや自分を含め周囲を見ると、どうでもないか?
そういえば両親が口すっぱく豊かに生きぬくノウハウを話していた。
突き詰めると‘、原理原則と、時代に合わせて変化すること、そして自分を高めること、楽しむことを!’
で、どうなった? どうもなりません! 楽しむことに気が行き過ぎました。
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2008年01月27日(日)
2489, 無くてはならぬもの
ぉl£ょうヽ【・ω・】ノ
佐古純一郎著 「無くてはならぬもの」
二十代半ばに挫折感に陥り、魂が放浪していた時に貪るように読んだ本を38年ぶりに手に取ったみた。
そして、その内容が現在でも自分の心の底に焼きついていることに驚いている。著者はプロテスタントの牧師で、
キリスト教の教えが底に流れているが、人生を如何に生きるべきかを理路整然と書いてある。
現在読んでも、そのまま通ずる内容である。それぞれの章ごとに印象的なところを書き出しながら、
昔に舞い戻ってみたい。 まずは当時、傍線をひいてある箇所をうつしてみる。
P−19
近代の思想は、ほとんど独白という姿勢からなされてきた。ようするにひとり言である。
みんながめいめいに、自分勝手にひとり言をいっている。そこでは、本当の意味で、交わりの生活を
作り出さなければならない。独白は創造しない。対話の中からのみ創造ということがはじまるのである。
対話とは何か。それは、人格と人格との出会いの姿である。人格と人格との出会いのないところに、
対話の成り立ちようがないのである。自己を主張する前に、他者の言葉に耳を傾けることである。
私たちの生活では、家庭においても、職場においても、あまりにも、対話の生活がなさすぎるのではないか。
P−23
サマーセット・モームのような人生をおもしろおかしく生きる道を選ぶか、意味のない現実をつくりかえて、
人生の意味を創造していく道を選ぶか、人生には二つの生き方がある。あなたはどちらの人生を選ぶのであろうか。
私は、意味の創造に自分のまずしい人生を捧げていきたいと思う。意味のない人生に意味を創造していくことこそ、
私にとって生きることの意味だとはっきり自分に向かって言いきかせたいと思うのである。
P−112
私は人格としてつくられている。それが、人間の条件の最も大切な要素なのである。
私の人生は私のほかには誰も代わって生きることは不可能なのである。
だからこそ私はひとりなのである。孤独な存在なのである。
P−196
世界に何億という人がいようともこの「私」はたったひとりしかいないのであり、それは絶対に誰かに
代わってもらうことはできない、つまり「私」という人間に、代用品はきかないのだ、ということなのである。
私はあなたくらいのとき、思わず厳粛な気持ちになったことがある。人間の尊厳とか個人の尊さということは、
そこから出てくることなのである。・・人生は二度と繰返すことのできない一度きりの人生なのだ。そのことが、
ほんとうにわかっていないと、人生をどう生きるか、という問題は、真実に考えていくことができないのである。
P−212
愛の愚かさとは、誰もみていない、誰も知ってくれるわけでないけれど、静かに、誰かのために自分を捨てていく、
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01月27日(水)
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