ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[395396hit]
■3200, 年末・年始の「どうなる日本」の新聞論評は?
これからみたら、無呼吸症候群ではないが、肥満で鼾をかく人に多いようだ。
・・・・・・・・・
2008年01月08日(火)
2470, アメリカをWeb世界に類推する
「ウェブ時代をゆく」−4 読書日記
現在のWeb世界の現状を、人工国家アメリカの建国と同じ位置づけをして考えているところが面白い。
また、否定的にみる傾向の強いアメリカをプラスの面から照射しているのも新鮮である。弱肉強食とはいえ、
強者であればチャンスが開かれているのもWeb世界と同じである。
これから考えると、Web社会は弱肉強食を強める可能性もある。逆に弱者でも、最低の保障も与えられる?が
ーその一部を抜粋してみるー
「もしこの地球上にアメリカという人工国家がなければ、私たち他の一角にすむ者も息ぐるしいのではないでしょうか」
司馬遼太郎は「アメリカ素描」で、老境に入った在日の韓国人の、こんな言葉を引き、次のように書いた。
「いまもむかしも、むかしも地球上のほとんどの国のひとびとは、文化で自家中毒するほどに重い気圧のなかで生きている。
そういう状況のなかで、大きく風穴をあけたのが、十五世紀末の新大陸発見だった。(中略)
文明のみであなたOKですという気楽な大空間がこの世にあると感じるだけで、決してそこへ移住はせぬにせよ、
いつでもそこへゆけるという安心感が人類の心のどこかにあるのではないか。この人のみじかいことばは、
そういう意味のようであった」(二〇頁)『アメリヵ素描』はアメリカ論の名著である。私も何度読み返したかわからない。
司馬の在日韓国人の友人は、司馬がアメリカに行くと聞き、冒頭の言葉を発する。
アメリカとまったく関係のない人がこういう言葉を発するのかと司馬は感慨を持ち、アメリカという国を、
「決して、そこへ行かないにせよ、いつでもそこへゆけるという安心感」を「人類の心」にもたらす存在と認識するのだった。
さまぎまな矛盾を炮えるアメリカのすべてを肯定する気はないが、「あなたの国の疲れた者、貧しき者を、私のもとに
寄こすがいい」で始まる「自由の女神」の台座に刻まれたエマ・ラザルスの詩に象徴される開放性と寛容の理想が私は好きである。
二〇〇一年の同日多発テロ以来その内向化や閉鎖性が指摘されるアメリカだが、人工国家アメリカの他国とは
全く違った開放性を私は相変わらず日々感じながら暮らしている。本書でたびたび登場したアンディー・グローブは
1956年、二十歳のときにハンガリ動乱に関わり祖国を脱出して難民輸送船でアメリカにやってきた。
アメリカに下り立つと歯医者.眼鏡、補聴器の費用から、大学の奨学金・教科書代・生活費の一部まで支援団体が支払ってくれた。
そのことに彼は感激し・アメリカでの自立に向け猛勉強し「自立の精神」でたくましく成長し、機会を与えてくれた
アメリカへの愛国心を抱く(アンディ・グローブ著一僕の起業は亡命から始まった!
一樫村志保訳、日経BP社)。私はこういう話を聞くとなぜか無性に嬉しくなる。
(字数の関係でカット09年08日)
・・・・・・・・・
2007年01月08日(月)
2106, それがどうした!それでどうした!
b(^o^)dおっ W(^O^)Wはー♪よう♭さん♯
「それがどうした!」 究極の開き直りの言葉である。そして「それでどうする」が、ギリギリのところで思考から
手順への転換点への切り替えの最後の言葉となる。「エ・アロール それがどうしたの」は渡辺淳一による小説作品に
なっている。フランスのミッテラン元大統領が、女性問題について質問した記者に対し、応えた言葉「それがどうした」
もコミック的である。人は他人の誹謗とか中傷に弱く、常に不安感に悩まされる動物である。
この中傷・誹謗や不安感のために人生の一番大事なチャンスを逃してしまう。
その時の悩みに対して、「それがどうした!」「それでどうした!」と開き直ってみると、
ほとんどは何ということもない。 そうでもないか?まあ、話を逸らさないために、そういうことにしておく。
[5]続きを読む
01月08日(金)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る