ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3157,つれづれにー 閑話小題
ユダヤ人は他人と差別化することを重視しているため、多種多様の解釈がでてくるが・読者の置かれている状況も
多種多様である以上、そのほうが具体的事例に当てはめやすいかもしれない。
●ユダヤ流・成功法則 1        自分を大切にするものは、他人も大切にできる。.
●ユダヤ流・成功法則 2        なんでも鵜呑みにするな1人間は鵜ではない。
●ユダヤ流・成功法則 3        口はひとつ、耳はふたつ。
■ユダヤ流・成功法則 4        カネを追うな!お金には追われるようになれ。
●ユダヤ流・成功法則 5       「学ぶ」ことは「知る」こと。「知る」ことは「変わる」こと。
●ユダヤ流・成功法則 6        失敗を恐れるな。やろうともせずに逃してしまうチャンスこそ、恐れるに値するのだ。
●ユダヤ流・成功法則 7        何もしないことこそ、最大のリスクなのだ。
●ユダヤ流・成功法則 8        無から有を生み出す喜びを知れ!それには「質問力」が大切だ。
●ユダヤ流・成功法則 9        笑ってツキと若さを引き寄せろ!
 〜〜〜
 これらの内容は、著者が過去十余年にわたってヨーロッパで働きながら集めた世界中のユダヤ人による
 名言の一部である。収集した約1万の名言の中から厳選したというだけのことはある。

・・・・・・・・・
2007年11月26日(月)
2427, 自分自身に「なる」こと        
                (。・ω´・)っノXXXXXXXXXX>C【才ノヽ∋―】
 人生を振り返ると、全てが自分自身に「なる」ためのプロセスのような気がする。
先日、小学校の同期会があったが、それぞれの生き方をしてきたとしても、突きつめてみれば
「自分らしく生きてきたかどうか」である。 人生の質でも濃さでもない。
そんなことは生きてきた、生きていることからみれば、些細なことである。
死線を何回か乗り越えてきた人、北アフリカとフランスに十年住んでいた人など、色いろな人生を背負った、
それぞれの人生を垣間みて、「人生で何をしたかより、その人らしい生き方をしたかどうか」
こそ、振り返った時に問題になる。  残るのは「本人らしさ」だけである。
以下は、『哲学の教科書』・中島義道ー の中の文章である。
 −−−
 ここに、最高の自己表現、誰にでも適性があり、かつ人生の最高目標に据えるにふさわしいことが一つ残されています。
それこそ、はじめに触れました(自分自身になる」というとです。 全ての人は個人なのだから、そのまま何もしなくとも
人生の最高目標をもう達成していると考えるなら、そんな甘いものではない。マザー・テレサは、視線を絶えず苦しんでいる
人達に向けながら、このうえなく「自分自身になる」ことを実現している。あるいは自分のよい個性を伸ばす事も
「自分自身になる」である。特別世間的には偉くなくとも、その人のそばにいるとホッとするような人や安心するような人は
どこにでもいるものです。しかし「自分自身になる」ことは、必ずしも世のため人の為になることを含意してはいません。
この言葉には「よいこと・悪いこと」といった枠を越えたもっと根本的な意味があります。
それは、「生きること」そのことを目標にする「生きること」そのことを問題にすると必ず「死ぬこと」
が影のようについてまわる。 前に紹介した禅の坊さんたちの修行の目標は、例えば白隠の「いつかは生死を離るべき」
のように、あるいは道元の,「生をあきらめ死をあきらめるは仏家一大事の因縁なりのように、「生死の区別」そのものを幻と
自覚するようなところにあるようです。最終的にはこうしたことに収斂することは認めながらも、しかし多くの若い人々は
必ずしもつねに,「生」、や「死」そのものに悩んでいるのではなくー
すでに見たように一就職とか結婚、あるいは自分の肉体とか性格など目前の具体的なことに悩んでいるのではないでしょうか。
そこで、次にこうした悩みについて考えてみます。 私はいかなる(いわゆる)些細な悩みであれ、本人がそれを悩むかぎりは、

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11月26日(木)
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