ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3123, 生きる幻想 死ぬ幻想  ー4
今回のウォール街大暴落が一九二九年に似ているのか、それとも一九八七年のブラックマンデーに似ているのか?
と問われたら、私は間違いなく前者だと答えるろう。
なぜなら、暴落は市場の自動的調節などではく、雇用不安という死に至る病の兆候を示しているからである。
一九二九年の悪夢は確実に現実化し、一九三〇年の大恐慌を再び到来させるにちがいない。 
 以下、ガルプレイスの本を参考にして、今回の大暴落に続くであろう展開を占ってみよう。
後にブラック・サーズデーと呼ばれることになる一九二九年一〇月二四日の木曜日、大暴落は前場に始まった。
十一時には市場はすさまじい狼狽売り一色となり、追い証を払えなくなった人の担保株は売り払われた。
十一時半には、完全なパニックとなった。しかしあまり知られてないが、ブラック・サーズデーは後場では回復しているのである。
昼休みの間にJP・モルガンの事務所で大手銀行家たちの会合が開かれ、株の買い支えを決定したというニュースが伝わったため、
相場は猛スピードで回復し、結局、タイムズ平均の終わり値は一ニドル下げに止まった。 金曜、土曜と相場は安定した動きを
見せたので、投資家は一安心した。悪夢は終わったかに思われた。 だが、終わってなどいなかったのである。
 一〇月二八日月曜日、相場」は記録的な下げ幅を示した指数が、火曜日には最悪の様相を呈し始めた。
出来高はブラック・サーズデーを大きく上回り、前日の月曜日に匹敵した。
市場はいずれの日にも劣らぬ強い不安感と先行き不透明感で覆われた。
 街には銀行家グループは買い支えどころか大口の売り注文を出しているという噂が流れたが、これは後に事実だったと判明。
ここから数週間、椙易は薄商いの中、突如暴落するというパターンを繰り返し、十一月の中旬にようやく
下げとまったかのように見えた。タイムズ乎周は九月の最高値四五ニドルから半値の二二四ドルに下落したが、
これを底値にゆるやかな反転を示したからだ。株式暴落が実体経済にまで影響しだしたことに気づいたフーバi大統領は
無関心な態度をかなぐり捨て、「考え得るあらゆる方策」を用いる決意を固めた。、
 だが、歴史はここがフィナーレではなかったことを教えている。一九三〇年の三月に回復したかに見えた相場は
四月に入るともう立ち直る力を失っていた。下落は三二年六月まで続いた。本当に底打ちしたときには、大暴落当時の最安値
二二四ドルが懐かしく感じられるほどになっていた。三二年七月八日のタイムズ平均は五八ドルだったのである。
 というわけで、最後はガルブレイスの次の言葉で締めることにしよう。
「一九二九年の大暴落の際立った特徴は、最悪の事態がじつは最悪でなく、さらに悪化し続けたことである。
 今日こそこれで終わりだと思われたことが、次の日には、あれは始まりに過ぎなかったのだとわかるのだった。
苦しみを深め、引き延ばし、できるだけ大勢を残酷な運命から逃れられないようにする仕掛けというものがあるとしたら、
あれほど巧妙な仕掛けはあるまい」この悪夢を日本人はバプル崩壊で経験したはずなのに、教訓とはならなかったようである。
 −−
 大統領選挙の終了直後、前回のG7のサミットが一月前に開催したばかりなのに緊急に開催されるということは、
想像を超えた異常事態に陥っていることだけは確か。世界中の銀行を一時的に閉鎖するのか、米国が債務不履行を宣言するか、
などの思い切った措置が行われる可能性も考えておかなければ・・・・。 

・・・・・・・・・
2007年10月23日(火)
2394, 恥はかかせろ、いじめはなくすな −2

 戸塚宏も、何人かの人を死なせて6年間刑務所の中で過ごしてきた男である。
もちろん死なせた自責の念も常に自分の良心の呵責もあるだろう。
そして檻の中で、教育とは何か身体を張って考えたはずである。だから、これだけのことが言えるのである。
早くいえば、終戦時に日本を骨抜きにしようと、腰抜け憲法をアメリカが押し付けた。
そして、今日までそれを大事に大事にしてきた。国民の去勢化である。そして、その完成が、あの「ゆとり教育」である。

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10月23日(金)
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