ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3103, 終わりなき旅
*大相撲の場外乱闘が面白い!
本場所が終わったと同時に、ロシア三人組の騒動が再開した。
特に若の鵬が「旅の恥は掻き捨てとばかりに八百長や大麻疑惑の暴露を始めた。ここで俄然面白くなってきた。
脅しをかければ屈するだろうと、必死になればなるほどエスカレートしてくる。
朝青龍の八百長事件が報じられてから、勝率が80?台から50?台に落ちたと週刊誌の見出しに出ていた。
若の鵬に対して、「直接話があり、金を強引に渡された」と記者会見で言っていた。あの男ならやりかねない。
玉春日が、まだ引退をするほど負けこんでないのに、千秋楽直前に引退届けを出した。
少し穿った見方をすると、これも? その親方の巨砲も親方を辞めてしまったが、これまた不自然。
所詮は、芸能スポーツの世界のこと、これも見世物と割り切ったほうがよい。
白鵬もアメリカ巡業でのリファナ疑惑が出てきた。 何でもあり!ということである。
それより若の鵬が変な事故か、自殺のようなカタチで抹殺されはしないかと・・
その筋の関係者がタニマチが多いからだ。それより国外退去ということか。
「共同幻想」は、あまり壊さない方がよい。
・・・・・・・・
2007年10月03日(水)
2374, 人は60歳で何をしたか −3
ー読書日記
「人は60歳で何をしたか」藤原治・著
著者・藤原が60歳の時に「人は60歳で何をしたか」の本の準備をしてことになり、それ自体がユーモアに聞こえてくるし、
本人が一番勉強になったはずである。それにしても、選りすぐった人たちとはいえ、そのエネルギーは強い。
彼らに一致しているのは、この時期は「起承転結」の「結」の時期ではなく、起承転々の「転」である。
最後まで転げまわるのも良いものである。この本では、古今東西の大家の「60歳の時点」の創作を具体的に提示して、
そのプロセスで、その人となりの精神を現わそうとしている。 著者は私と同じ年齢になるが、比べようもない
知識の広さと深さに大きく溜息をつきながら読んでいる。 それよりも紹介されている人たちに驚かされる。
比較しようということ自体が、おこがましいのは解っているが、それでもである。
殆どの本がそうだが、「まえがき」に多くの著者が言わんとすることが凝縮してある。
その中に「定年退職する人には、職探しの前に自分探しをする人が多いという。
企業を離れたとたん、個人としてのアイデンティティの確認に苦しむという話をよく耳にする」とあったが、
何か解るような気がする。会社という制服を着てきた人間が、それを脱いだ時に初めて自分に直面する。
自分=「私」は哲学的にいうと、過去のトータルの「・・」である。
それが制服を脱いだと同時に自己喪失感にとらわれ、個人としてのアイデンティティの確認を求めざるを
得ないのは当然のことである。 その辺のことを、この本の中では解りやすく説明している。
ーーー
P・7
それまでの自分は、会社の規範の中で生きてきた。異動や転勤があり、人生の生き甲斐も家庭の悲喜も、
会社の意思で決定された。そのような企業組織に対する依存度が高い人ほど、人生が変わってしまうのが定年。
会社の出世コースを外れた人ほど、第二の人生を生き生きしているという。 そこで生き甲斐を見出せないためか、
会社以外に自分探しをしているためである。還暦とは、稀有な長生きの先に、僥倖として新しい人生が開けたという考え方だ。
60歳まで無事生きれたのだか、これを契機に新しい人生を生き直してやれというから、哲学的な概念である。
定年はそれまでの縛りがなくなることだが、還暦は新しい人生を生き直すことである。
なら積極的に新しい人生を探してみて、第二の人生を深くしていって方が良いに決まっている。
ーP・8
精神科医の中沢正夫は、その著書『人生が二度ある』の中で、
第二の人生計画を練るにあたっての原則を次のようにまとめでいる。
1、第一の人生のなかでの自分とは、自分にとって何であったのか、見きわめること
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10月03日(土)
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