ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3053,人を殺すということはどういうことか −2
最初に家畜化された動物ー小犬1は、もつとも役に立つ動物ではなく、もつとも遊び好きな動物であった。
猟犬が出現したのはかなり後のことである。最初に家畜化された動物は子供たちのぺットであった。
おそらく,植物栽培と灌漑も、初めは遊びとして行なわれたのである。 車輪・帆、煉瓦なども遊びの中で
発明された可能性が強い。 たとえば、南アメリカのアステカ人は車輪を使わなかったが、
足の代りにローラーをつけた動物の玩具をもっていた。装飾が衣服に先行した。
弓は武器となる以前は楽器であったといわれている。 人間が初めて粘土を使用したのも、土器をつくるためではなく、
土偶をつくるためであった。 こう見てくればわかるように、昔から人間のもつとも有用な行為は、遊びであった。
土器をつくり、布を織り・金属を加工し、動物を飼育するはるか以前に、人間は絵を描き、線刻画を描き、
彫刻をし、像をつくったことを銘記すべきである。 芸術家としての人間の誕生は、労働者としての人間の誕生よりも
はるかに早かった。 遊びが労働に先行し、芸術が有目的な生産に先行した。
人間はしばしば必要に迫られて楽しむためのものを有目的なことに利用した。 必要に迫られて働いている間は、
依然として人間は動物界の一員である。人間は、ただ生きるだけであったら不必要なもののためにエネルギーを注ぎ、
さらに生命の危険さえもおかす場所に、特異な存在としての人間となり、最高の創造力を発揮する、
したがって、人間の人間化が起こったのは、自然の恵みで豊かで、余暇があり、遊び戯れる性向があった状況に
おいてであったと考えるべきである。 自然界における人類の台頭は、心細い戦場においてではなく、
エデンのような遊びの庭において起こったのである。・・・・ 私にいわせれば、オートメーションの時代の到来は、
魔法円の完成である。人間はエデンという遊びの庭で初めて人間になった。 そして今、人間は遊びの庭に帰還して、
人間の究極的使命を、すなわち人間性の完成をはかりうる機会をてにしている。》
〜〜〜〜
遊びの重要性を上手く説明している。 良く遊び、良く学び、良く働く、をバランスよく豊富にすることが
人生の豊かさだが、私の場合は、そのバランスはとってきたが、「良く」に問題があった? まあ、いいだろう。
遊びが4、学びが3、働きが3というところだろうが、厳しい娑婆では、働きが4で、他が3だろう。
まあ、学びも、働きも、遊びまで持ち上げるのが理想である。そのためには好きなことを仕事にすれば良い。
・・・・・・・・・
2007年08月14日(火)
2324, 嘘でしか語れない真実もある!
(。・・)ノぉはょぅ♪
芥川龍之介に「人生には嘘でしか語れない真実がある」という言葉がある。その典型的なものが旧訳・新訳聖書。
あのような奇跡などあるわけがないが、あの話を通して事実では語りえない真実を語っている。
末期がんの患者に、「あなたは助かりませんよ」と知らしめることが、いいのか?
死ぬ直前まで嘘で固めて、気づかないようにしてやる方がいいのか?これは誰も判断の出来ないことである。
日本には「嘘も方便」「嘘からでたマコト」という言葉があるが、時には嘘も大事なこともある。
女性の化粧など、嘘で固めた外形?ではないか。 いや、真実を引き出す行為か?
プロの物書きは、まずは真実を伝えるためなら平気で嘘を書きなさい!と教える。
読み手は些細なことが事実かどうかより、真実を伝えてくれることを望んでいる。
「正直に拘ると、人生あまりに窮屈で面白くなくなります」という言葉が浮かんできた。
何処かの小説で誰かが言っていそうである。詐欺師など、嘘のプロが普通の人を如何みているのだろうか?
少なくとも、言葉の効用を知り尽くしている。 嘘にも色いろある。相手を陥れる嘘や自利のための嘘は結局は
自分に跳ね返ってくる。相手のためになる嘘は、それがプラスになり生きてくるものである。嘘でしか語れない真実?
といえば小説などが、その典型?背理法という言葉がある。数学の証明の方法の一つで、俗に「ユニコーン
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08月14日(金)
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