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堀井On-Line
by horii86
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■3020.旅する力ー深夜特急ノートー4
セックスになると、相手を満足させなければとか、社会的なこととか心理的な束縛がかかるから、いちゃつきの方が
イメージとしてよいとか。 阪大の総長という立場など、捨ててやってみれば!といいたいが、そうもいかないか。
いちゃつきは、酒の席の二次会では常道で今さら。5~6歳の頃、実家の商売上、若い綺麗な女性が入ってくると、直ぐに
擦り寄っていって、太ももに抱きついた思い出が、リアルな記憶としてある。 また4人の姉たちの中で育って、オモチャ
かわりに可愛がられたのも、いちゃつきの一つだったのだろうか。そういえば姉さんタイプに惹かれたのも、その辺の事情か?
最近、いちゃつくということが、殆ど無くなってしまった! 家内とは?言葉でジャレテイル、それもいちゃつき?
ーー
次ぎの鷲田の言葉がいちゃつきに対して、明確に説明している!
「だから、一人っきりじゃなしに、誰かどなんの目的もなしに引っついて、密着する。
そうやっていちゃついているような幸福のイメージを、僕なんかはポジティヴにとらえたいという感じがあるんです。
なにかと親密な関係にあることの安心感。その相手は、友だちじゃないときはぬいぐるみだって、毛布だっていいわけ。
部屋にいつばいぬいぐるみを置いておくような、そういう少女が持ってる気持ちよさ、少女が素直に気持ちいいと
思えるような感じって、僕は意外と大事なんじゃかいかと思っているんです。
でも、いちゃいちゃってことを考えてみると、子どものときって、ほとんどいちゃいちゃ生活だったと思うんですね。
親にトイレットのトレーニングしてもらう前だって、おむつの中にウンコが漏れてもけっこう気持ちよかったし、
海水浴に行けば、砂遊びしながら指の間から砂が漏れる感じとか、砂で作ったものが波がきたらバーッとさらわれる感じとか、
あるいはドロんこ遊びにしても粘土細工にしても、モノと自分を切り離すんじゃなく、モノといちゃいちゃしてドロまみれに
なったり汚物まみれになったりしている。それは子どもにとって、とても気持ちのいいことだったはずなんですね。」
ー
男がキャバクラで、アルバイトの女子大生などと遊ぶのも、いちゃつき願望なのかもしれない。いちゃつきたくなってきた!
・・・・・・・・・・
2007年07月12日(木)
2291, 10歳の放浪記 ?3
。っω-)..。oо○(゜+。ぉレ£∋ぅ゜+。)
この番組の中で、作家がドラマの中の10歳の頃の子役を抱きしめた場面を
紹介したが、これは深い意味が含まれている。この行為そのものが「究極の癒し」になるのである。
精神症や精神病の原因として最近「トラウマ」が取りあげられている。辞書でトラウマを調べると、
「耐えられないような体験・その痕跡。内的原因(欲動興奮的)と外的原因(侵襲破壊的)がある。」とある。
特に幼少時のトラウマが大きな原因となっている場合が多い。癒し系の本には、その時の自分を思い出して、
イメージとして抱きしめることが、本人のトラウマの一番の治療になる、とある。
ところで、NHK/BSで「わたしが子供だった頃」のシリーズで、童謡作家の上条さなえさんの「10歳の放浪記」を
ドラマ仕立て観て、感動し、この随想日記に二回にわたり書いてきた。
本を買おうかどうか迷ったが「図書館にあるかもしれない」と思って、買うのを控えていた。
先日の日曜日に近くの図書館のファンタジーなどのコーナーで探したが、無い。
諦めかけたが、それでもと思い直し更に探したところ、あったのである。
ーー
ー以下は、この本の一番のクライマックスの場面であるー
四月になると、暖かい日が続いたので、早苗は母が買ってくれた半コートを
父のボストンバッグにしまった。父は数日にわたって、風邪で熱を出していた。
早苗は天井を向いている父の横で、算数の計算ドリルをしていた。「なこちゃん」父が目を開けた。
「ン?」早苗が父の顔をのぞきこむと、「死のうか…」と、ポヅリとつぶやいた。
「やだ。まだ、マティー二を飲んでないもん」早苗は首をふった(映画館で見た、マティーニを飲むことを夢みていたのだ)
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07月12日(日)
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