ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3016,旅する力 ー深夜特急ノート ー1
世界経済が何十年にもわたって成長している傍らで、私たち中国人は完全に孤立してしまっていた。
扉を閉ざして社会主義の桃源郷を作ろうとしていたのだ。 私有財産は許されない。何から何まですべて国の持ち物だ。
民間企業もない。全部中央政府が管理しているからだ。競争もない。食べ物も着る物も、それこそ調理油まで配給制だ。
いつも、何とか生きていけるぐらいしかもらえなかった。 サービス業なんてものはない。人民に仕えるのが当たり前で、
仕えてもらうなど論外だったからだ。 仕事や職種、勤め先を変えたり、新しいことを始めたりするのも不可能だった。
生まれたそのときから何になるかは決められていた。 資本市場もない。資本は諸悪の根源のレッテルを貼られていた。
そんなふうだったから、私たちが生きている間に世の中が、こんなに変わったのは、一九八0年代の初め以来、
成長率は平均九%であり、中国経済の価値は一〇年毎に倍になった。」
〜〜
といって、先月の上海の証券取引所の株は半値近くまで下がってしまった。
下がりきった有望株を、地頭で考えて長期的に投資すべきということである。
・・・・・・・・・・
2007年07月08日(日)
2287, ちょっとした勉強のコツ −1
(´∀`σ)σ オハYO!
ー読書日記ー
外山滋比古氏の著書(エッセイ)である。7年前に発行された本だが、内容は新鮮である。
この本を図書館から借りるのは三度目であるが、何度読んでも新鮮に感じるのは、
内容が濃いからだろう。 冒頭からして、深く考えさせられる。
特に、現在の日本は「オーストラリアの蜜蜂」以下?になりかけてはいまいか?
何度読んでも考えさせられる内容である。2003/01/11 に「ハングリー? 」というテーマでも、
少し取上げたことがある。 敢えて、いま一度考えなおすのも良いだろう。
それだけ、オーストラリアの蜜蜂化した若者の「下流社会化」の問題の根が深い。
ーオーストラリアの蜜蜂ー
かつてある人が、ヨーロッパからオーストラリァへ移住した。
ヨーロッパには長くきびしい冬があるけれども、オーストラリアでは常夏のように年中、
なにか花が咲いている。それを見てこの移住者は養蜂業を始めようと思いついた。
こんなに花があるのなら、さぞ蜜がたくさんとれるだろうと考えたのである。
さっそくヨーロッパから優秀な蜜蜂を輸入して、仕事は始まった。
最初の年は大成功だったが、二年目には収穫が激減、それから年々大きく減りつづけ、
やがてほとんど蜜を集めなくなってしまった。おかしいと思って調べてもらったら、
いつも花があるからだという意外なことがわかった。
ヨーロッパで働き蜂といわれるほどに勤勉であったのは、花のなくなる冬があるからだった。
年中花のある恵まれたところに移って、蜂はハングリーでなくなってしまったらしい。
それは、蜂のはなし、人間は別だ、とは言い切れないようである。人間も概して、きびしい環境におかれた方がよく働く。
欧米の人たちは、雪の降る国でないと、文化、文明は栄えないと信じているようだ。
寒いところの人間は、温暖なところで生活する人に比べると、おしなべて勤勉で努力する。
それがやがて社会の繁栄に結びつく、そう考えるのである。悪条件のもとではハングリーにならずにはいられない。
ハングリーならよく働くというわけだ。 ひとりひとりについても同じことが言える。
いまアメリカでもつとも優秀な学生は、ベトナムやカンボジアからボート・ピープルとしてアメリカへ渡った
難民家族の子女である、と言われる。ハーヴァード・イエール、プリンストンなどの名門大学へすいすい入学する。
ハーヴァードなどでは定員の二十パーセントを超えて問題になったほど。
ベトナム・カンボジアからの難民が秀才、才媛だけをつれて行ったわけではあるまい。
不目由・不如意な環境で育ったために、石にかじりついても、といった勉強をした。
ハングリーだったからこそ、目ざましく学力をのばしたのである。
ーーー
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07月08日(水)
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