ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2973,超円高社会
なるほど大戦後に一世を風靡するだけのことがある。共産主義の理解者として、左派のイメージが当時あったが、
現在振り返ってみると、それほどでもない。 さて、この一週間で サルトルで思い出した知識といえば、
・「主体性」の哲学であること。
・デカルトは「あらゆるもの疑ってみた結果、疑っている自分、そのように考えている自分がいる、
ということだけは疑うことが出来ないのではないか」と考え、「私は考える、ゆえに私は存在する」とした。
それをサルトルは批判をした。 彼は「私が、何かを見ている」「私が何か考えている。」の
「私」が疑問という。「何か考えている」は確かだが、「私」は振りかって「反省」をしていた時に生まれる対象。
つまり反省している意識とは、意識自身を対象とする意識なのである。「私とは一人の他人」なのである
・人間は自由の刑に処されている。「人は何も決められてない投げ出されて、一から自分をつくりあげていくしかない。
それが人間の「自由」である。投企とは、現在の自分を乗り越えるため未来へと 自分を投げ出していくこと。
人生を前向きに生きていくことということである。
・アンカジュマン=自分の選択をする以上、自分の行動には責任を負わなければならない。
と同時に、社会の未来に対して責任を負うべきである。
ー 等々である。
次回は、新たに知ったことを要約してみる。
ヾ(^ω^*)
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2007年05月26日(土)
2244, 耐震偽装 ー2
゜・。*ヾ(´∀`o)+。才ノヽ…YΘ!!。
この本の、面白さは著者の藤田東吾がHPに時系列で記録を残していることである。
だから政治家や役人が奇麗ごとをいっても、その時やりとりした記録には真実の迫力がある。
ネット上に事実が時系列に流れているからである。「安部首相が何で『美しい日本!』
など言う資格があるというのか?」と週刊誌に取りあげてあったが、これを読んでいると心底から同調する。
魚は頭と尻尾から腐るというが、全くその通りである。
藤田はパソコン世代なのである。会社のHPや自身のパソコンに詳細に成り行きをメモしていたのである。
文藝春秋が圧力?で、この本の出版から降りてしまった。しかし、彼は自費出版というカタチで世に問うてきいたのである。
人気ブログの「きっこのブログ」に、自分の書いた文章を寄せてきたのである。これで火がついたのである。
国交省の役人も思ってみない所から火がついてしまった。小泉と安部でしか、この隠蔽は指示・判断できないのは明らか。
そして、その安部が『美しい日本』などと、のたまっている。
政治家を今さら非難するなど、意味はない。 ただ政治家も官僚もネット社会の実態を知らないのである。
今回の問題は、建設マフィアと政治家が組んで、構造計算のチェック機能を民間に移動、
チェック機能そのものを骨抜きにしたことだ。そして、そのミスを権力を持った役人と政治家が、
うまく責任転嫁をして、適当な者に罪を背負わせ、事件を総括してしまったのである。この書から、
森元首相、小泉、安部につながるラインの濃い悪臭がそこから臭っている。
国交省が責任逃れのために書いたシナリオに乗ったのである。ー藤田の次ぎの言葉が全てを言っている。
pー^263
(字数の関係でカット2008年5月26日) ーつづく
☆ァディオス☆(`・ω・´)ノ
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2006年05月26日(金)
1879, つれづれにー
おっ w(゚Д゚)w ハァョ?
湯沢のイナモト旅館が自己破産をしたと、先日の新聞に載っていた。
(字数の関係で中間カット2009年5月26日)
ーー
今日は、私の事務所のあるホテルで、[新潟県活性化を考える会]が開かれる。
14~5名の出席である。去年11月、東京で不動産鑑定士をしている大学のゼミの後輩から電話が入った。
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05月26日(火)
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