ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2934,世界恐慌に入って、まる7ヶ月 ー2
事象のまわりを彼の考えはめぐっているのであった。……市電に乗って家に向う、入口の扉を開ける、
電話が鳴る、受話器を持ち上げる、部屋の電灯のスイッチを入れるー囚人がその思い出の中で
いわば撫で回して慈しむものは、こんな一見笑うべきささやかなことであった。
そして、その悩ましい思い出に感動して 彼らは涙を流すこともあったのである。
強制収容所に入っていない私たちが、今この状況を腹の底から実感するのは難しいでしょうが、
例えば奈良時代の官吏の一日を文字通り再現してくれれば、どうでもよいことがわれわれには
本当におもしろいことでしょう。もし私が一時間だけ千二百五十年前の奈良の都に戻してくれるなら、
東大寺や興福寺には行かずに、人がごった返す市場に行くでしょう。内裏の「閣議」は見物せず、
一般の家庭の夕餉を見物するでしょう。・・(中略)女房が派手で困るとか、給料が上がらないとか、
子供がぐれて困っているとか、毎日の生活がしみじみと面白みを帯びてきます。
ーー
学生時代の日記を、ここで公開したが、私にとって、その面白みは当時の日常の風景が
具体的に書いてあったことである。実際に読み返してみると、当時のことが昨日のように思い出される。
何で、その後、思ったままのことを具体的に書いてなかったか後悔する。
誰かに見られたら嫌だというのが、それなのだろうが。些細なことの中に光が宿っているのである。
それは、「今日、今、ここ」しかないから。ここに永遠が存在しているから。

・・・・・・・・・・
2007年04月17日(火)
2205, 反時代的毒虫 ー2
  才八∋ウ_〆(∀`●)
             ー読書日記ー
「反時代的毒虫」の中の ー白洲正子との対談『人の悲しみと言葉の命』ーから

車谷が『四十八瀧心中未遂』で直木賞をとったあとの「文学界」で白洲正子との対談である。
白洲をして、恐ろしい、こわい、と言わしめるのだから、驚きである!
 ーー
白洲 「私、十何年も前に見っけたんだからね」
車谷 「白洲先生からいただいたその手紙をここに持ってまいりました。
 『新潮』に発表した『吃りの父が歌った軍歌』を先生が読んで、手紙を下さった。」
白洲 「いや、恥ずかしい。そんなもの、持っていらっしゃらなくてよいのに。」
車谷 「私が板前ををやめてセゾンに勤めていたころです。消印を見ると昭和62年12月です。」・・(中略)
車谷 「20年間、文章を書いてきてファンレターなるものをいただいたのは、
    一度だけです。それが白洲先生からだから、びっくり仰天です。」
白洲 「冗談じゃないわよ。なにしろあなたの文章じゃ、誰も手紙なんか出せないわよ。私は思い切ってだしたけど」
車谷 「お手紙の中で、『車谷さんの文章は生きている』と書いてありました。
   『生きている』というところに傍線を引いて、何回も読みました。
   のちに先生にお目にかかったとき、『おそろしい』と言っていただいたことを覚えています。『こわい』とかね。
白洲 「ほんとうにこわい。今だってこわい。」・・・・(中略)
車谷 「私が25歳のときに小説を読むきっかけは、永井龍男の『青梅雨』という短編を読んだ時でした。
   ぼくは名文だなと思った、よけいな言葉が一つもなくて。それで、一生に一度でよいからこういう名文を書きたいと
   おもったのが、ぼくが小説を書く動機だったので、文章がダメな人は、文学者としてダメだと思うんですよね。」、
白洲 「あたりまえじゃないの」。 ・・・・
車谷 「若いときから西行に憧れて出家したいと思ってたんです。とにかく一生の間に一冊作品集を出して、
   それで出家しようと。47歳のとき「しお壷の匙」という作品集が出まして、これでもう出家しようとしたら、
   高橋順子というのがあらわれて、結婚するはめになって。」
     ・・・・(中略)
白洲 「あなた、お辞儀ばっかりしているようなときがあるわね」・・・(中略)
車谷 「白洲先生は鬼になって書いていらっしゃる」
白洲 「私は般若です」
    
ーーー

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04月17日(金)
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