ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2799.ユダヤ人成功者たちに秘かに伝わる魔法の言葉・・8
囚人がきまった回数だけ数えるまで、待ってやるつもりかも知れないー五十回か、百回か。全員が顔色を変えていた。

インド人たちはひどいコーヒーのような灰色の顔をしているし、銃剣にも一、二本
震えているのがあった。われわれは絞首台の上の、縛りつけられ袋をかぶせられた男を
見ながら、じっとその叫びを聞いていた。一声でまた一秒、命が延びるのだ。
誰もが同じことを考えていたー えい、早く殺しちまえ、すませろ、あの忌まわしい声を止めるんだ! 
とうぜん、所長は意を決した。 彼はぐいと顔を上げて杖を一振りした。
「チャーロー!」その叫びには獰猛な響きさえあった。 ガタンと音がして、しんとなった。
囚人の姿は消え、ローブが勝手に捩れ続けていた。 わたしが手を放すと、犬はまっすぐ
絞首台の裏側へ駆けて行ったが、それきりそこに立ち止まって吠え、こんどは庭の隙まで
さがって雑草の中にひそんだまま、おそるおそる首をのばしてわれわれの方を眺めた。
われわれは囚人の死体を確認するために絞首台のうしろにまわった。
彼は爪先をまっすぐ下に向けて石のように息絶えたまま、ひどくゆっくりと回転していた。・・・・・

犬はさっきの行為を恥じるようにこそこそと行列のあとを追った。
われわれは絞首台のある庭を離れると、刑の執行を待っている死刑囚の独房の前をとおり、
刑務所の中央にある広い庭へ出た。受刑者たちは、鉄のたががはまった竹の簾を手にした衛兵たちに監視されながら、
すでに朝食にありついていた。一人一人がブリキの小皿を手にしてうずくまぞいる列の前を、パケツを持った二人の
衛兵が米をすくってやりながらまわって行く。絞首刑のあとでは、これはじつに家庭的な楽しい光景だった。
仕事を終えたわれわれは、すっかりほっとしていた。
歌いたいような、駆け出したいような気分で、思わず笑いがこみあげてきた。
  ーーーー         」                    つづく
                (*бωб*)/
・・・・・・・・・
2006年12月03日(日)
2070, 書画骨董の話 −2
        才八∋ウ_〆(∀`●) 

   「画の六法」は絵画だけでなく、仏像や、壺、茶碗などにも当てはめることができる。
    気韻生動の一番わかりやすいのが、人物画や鳥獣画である。特に 「目」 である。
    爛々と輝いている眼に出会うことがある。獲物を狙っている鷹の眼光を発するような眼や、虎の眼である。
    仏像の優しい慈愛に満ちた眼もよい。幽霊の眼も背筋が凍り付く深い眼差しもある。
    眼に焦点を合わせてから全体をみるのも良いし、全体をみてから、眼をみるのもよいだろう。
    活きた眼はなかなか画けるものではない。眼は唯一露出された内臓である。
    「眼は口ほどにモノを言い」という諺がある。「人の心はみえる」とは、眼のことをいうのだろう。
    
他に、中国画独特の遠近解釈「三遠」があり、中国画の画風の基盤になっている。
高遠(カユゥエン)  ‐ 空高く見上げろ (上空空間)
深遠(サンデュエン) ‐ 空間を奥深く見通せ(物体空間) 
平遠(ピンデュエン) ‐ 地の下面から、地平線まで見通せ(床面) である。
書画を見るとき、このような見方をすればよい。 
  
  茶碗の世界も奥深い!茶道に興味がないと、あまり縁がないだろうが、一流品の茶器全体が醸しだす雰囲気は、
  人を虜にする。 素人でも自分で焼くところまでいってしまう人もいる。
    
    書画骨董品には、その背景の深さ広さー宇宙を直感させる魅力がある。そして現実社会を忘れさせてくれる。
    一つの物体のなかに、過去の因縁が、エネルギーが凝縮されているからだ。
    その中味を解る人は解る。 解らない人には、ただゴミでしかない。
    その人に、その作品を理解できるだけの素養がなければならない。
    ゴミにしか見えないのは、あなたが(自分が)ゴミ程度の知識しかない! ということである。    

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12月03日(水)
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