ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2795.ユダヤ人成功者たちに秘かに伝わる魔法の言葉・・4
 母親が、痴呆になっても学ぼうとする姿勢が見えた。
 これである、魂は永遠の学びをしていく。
 ただし、それなりの人生を活きてこそ、だが・・

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老いは個人の生を超え
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人は、老いるという存在の現象を、なかなか素直に認めることができない。
それを否定的に感じてしまうのは、若さという経験を先にしてしまうからだ。
やがて人は、例外なく順番に40,50歳と年齢を重ね、老いるという
現実を肉体の事実として知ることになる。
老いることは死と違って逃れようもない現実である。

    生きられてしまった事柄とは、端的にかこである。それは動かせない事実である。
    過去は動かせないと知るということは、自分の人生がそのようであったと、
    それ以外ではあり得なかった、このとき、人は人生の一回性の秘密に
    触れているのだが、多くの場合それは、それぞれの感情や感傷によって
    覆い隠されてしまう。記憶に苦痛の伴わない人は幸福である。
    過去は動かせない、しかし動かせる未来もない。
    なぜ自分の人生はこのようでしかあり得なかったという、存在への問いが、
    溜息に等しいような老いの時間は哀しい。

生きるということを、物理的肉体の生存と定義するなら、
老いていく過程として生きていくのは、肉体を失っていく過程である。
しかし、我われの直感は、決してそんなふうに感じてない。
老いていくことによって、得ているものはたしかにある。
何かが確実に増えていくと感じるもの、それは何か。
精神というより、むしろ魂である。成熟するのは魂である。 魂は成熟する。

   「ソウル・メイキング」と呼ばれるもの。現代風の言い回しも、
    ソクラテスふうには「魂の世話」となる。経験と時間を織り込みながら、
    魂であるところの人生を織り上げていくと、いった意味合いらしい。
    縦糸に時間を、横糸に経験を、織り込みことで織り込まれつつ、
    魂が自身を織り上げていく行程は、刻々老いてゆく肉体の老いとは
    反比例して豊かである。
    いや、肉体の老いとは、それ自体が新たな経験の他ならないのだから。
    それすらも、織り込みつつ色はその深さを増すのではなかろうか。

人生とは、生死の間に存在する時間である。なるほど論理的には、人生には生と死、
すなわち一とゼロしか存在しない。 したがって、時間もまた存在しない。
しかし、現実には、人生は一とゼロの間に存在するもの、すなわち無限である。
有と無の間で生成する質である。質は論理でない。論理が指示する、論理自身の影である。

    論理的には存在しない死を、しかし現実には存在するとして生きているという、
    このこと自体が人生の不思議である。その存在しない死が近づいてくる老いの
    時間とは、いよいよ玄妙なものになっていくはずである。
    かって老いたことのないわれわれにとって、それは未だ知らない質である。
    老いるという未知の経験、未知の質を、味あうことなく拒むのは、
    死ぬのを待たずに既に生きることを拒んでいるようなものである。   
  ーー               
  死か〜  まあ、麻薬をタップリ楽しんで、消えていくのも悪くないが・・
  やはり、朝いつの間にか死んでいるほうがよい。魂の成熟か〜 無限の宇宙に浮かぶ
  未知の質か〜 人生は!    (+>∀<+)ノ  バイバイ
 
 ・・・・・・・・・
 2005年11月29日(火)  1701, ほめ芸王 ー2

以前、一度借りてきた「ほめ芸王」を、再び借りてきた。
 前に読んで、チャンスがあったら可能な限り褒めるように勤めようと思っていたが、
 これが難しい。家内を対象に褒めるように勤めているが、馬鹿馬鹿しい。
  というわけで、いま一度借りてきてジックリ読んでみた。
                          funn~(。_。)q

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11月29日(土)
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