ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2727, ザ・オオズモウ
{近所の人たちは、私の毎日の石運びに気づきはじめました。
彼らは最初、道路管理官に売るための資材を私が集めているのだと考えました。
やがて私は、そうではないことを覚らせました。《じゃあ、どうするんだ》と彼らは訊ねました。
《宮殿を建てるんだ》というのが私の答えでした。私がこんな風に答えると、彼らは、当惑した様子で私をみつめました。
やがて、郵便配達シュヴァルの天井に蜘蛛の巣がかかった(この地方の言い方に従えば、
帽子に蜜蜂が入った)〔いずれも気がおかしくなった、の意〕という噂がひろがりました。
或る日、局長が私に言いました。
《シュヴァル、この辺では誰もが、君の頭がおかしいって考えてるのを知ってるかい?》《なぜです?》と私は訊ねました。
《いいかね、皆が言うには、君は宮殿を建てるって言っているそうじゃないか。
菜園を作るかわりに、そこに古い石を運びこんでいるそうじゃないか》
《わかりました、局長、そうしたことが気違いというなら、私はいくらかおかしいのかもしれません。
川で釣りをして楽しむ人たちがいます。村のカフェでトランプをする人たちもいれば、ペタンクをする人たちもいます。
博覧会にあるような一種の宮殿を建てるために石を集めるのが私の楽しみなんです。
みんながみんな、同じ休みのとり方をするとは限りませんよ》局長は笑って、こう答えました。
(以下、字数の関係でカット2008年09月22日)
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2006年09月22日(金)
1998, 「私」のための現代思想 −2
(。^0^。)オッ(*^○^*)ハ〜 −読書日記
第一章 「私」を縛るものは何か ーT
ーまずは問題とはー
まず「我われの世界は正しいのか」という問題をまず考えなくてはならない。
我われの世界には正しい部分と、腐った部分がある。
《「世界」と「私」は、ともに腐っていく》という方が解りやすい。
この世界で自分が腐っていくのを実感することは、さらに腐敗にまみれないようにするためには、
非常に重要である。 我われを拘束する要素として、<言葉><価値><社会>が考えられる。
ー言葉ー
私たちは<言葉>を使ってこの世界を認識し、他者に何かを伝えます。
言葉は「思考の枠組み」であり、便利な道具ではあるものの、
逆にその「枠」の外には出られないという意味で束縛となる場合がある。
ー価値ー
私たちは何らかの、<価値>を求め、それに照らし合わせて自分の行動を決定したり選択したりします。
自分が重要だと考えている<価値>そのものが、私たちを束縛している場合がある。
ー社会ー
この枠組みは、私たちがよりよく生きるために構築されてきたものですが、そこに窮屈感や閉塞感が出ることがある。
これらは「束縛」となる場合と、「自由になるための武器」になる場合がある。 この束縛から脱するには、
これらを得なくてはならない。 得るためには、まずは言葉・価値・社会とは何か知らなければならない。
まずは
ーー《言葉》についてーー
言葉の機能の中心には「分類」があります。
これは、言葉は「私たちが知覚したものを分類する」ために用いられるという意味である。
私たちが「何かを学ぶ」ということは、
ー社会において重要とされている分類基準を自分のものとするー
ということを意味しています。このとき私たちは、少しだけ「自分を殺す」ことになります。
それが「大人になる」ということであり、「社会化する」ということです。
フランスの精神分析家のピエール・ルジャンドルは =換言すれば、
「 自己と世界に対する関係は言葉のスクリーンを経由する 」ということです。
人間のアイデンティティには複数の水準がありますが、自己への同一化
(それが主観的なアイデンティティ形成です)と、世界の同定および世界への同一化ということです。
その全てにとって前提となるのが言葉のスクリーンなのです。
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09月22日(月)
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