ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2716, 東京について
古代の思想家の大半は、このような輪廻の世界に存在すること自体を苦であると考え、
いかにして輪廻の束縛から解放されるか、すなわち解脱できるかを最大の問題とした。
彼らにとつて解脱とは、自我の本質とされるアートマン(我)が宇宙を成り立たせている
根本原理、すなわち万有に遍在する力であるブラフマン(梵)に合一することである。
しかし、庶民一般にとつてはこのような思想はいささか難しく、普通は死後天界におもむくことと考えられている。
現在の生が過去の生の結果であるという考え方は一見宿命論的に思えるが、輪廻の大海で生死を繰り返すのも、
またその連鎖を断ち切つて解脱を獲得するのもすべては自己の行為にもとついている。
いわば執看を離れた努力主義精進主義こそが、ヒンドゥー教徒にとっての理想的な行動原理となつている。
解脱は日々の正しい行いの蓄積によつてこそ達成さる。

ーー
輪廻と解脱。まあ、解りやすい因果応報の内容である。
この位の制約をつけておかないと、征服者の支配はインド大陸の中では
不可能なのだろう。宗教による縛りとは考えたものである。
これで3000年支配してきたのだから、奇跡といえば奇跡である。 

・・・・・・・
2006年09月11日(月)
1987, デジタル一眼レフカメラ−1
        おはよ〜!(*^ワ^*)i(~O~)ふぁ・・

今回のケニア旅行の機会に念願のデジタル一眼レフカメラを買った。
(本当に必要かどうか迷ったが、ローンにすることで納得した。)
ソニーのα100である。
キャノンか、ニコンか、考えつくした後にソニーのこの機種にした。
(その詳細は次回に書く)
デジタルカメラの良さは、過去にコンパクト・デジタルカメラを三台も使っていたので解っていた。
しかし、年に数回しか使わないデジタル一眼レフは買うこともない、と決め込んでいた。

    ところが、このHPによく書き込みをしてくれる井上さんや、
    フジフィルムのHPの優秀写真の紹介コーナーの写真などに刺激され、
    時間が経つにつれて、このような写真を撮ってみたくなった。

何時も旅行から帰ってきてから思うことは、「せっかく行ったわりに、もっと写真を撮らなかったのだろう」
ということである。解っていても撮れないのだ。

    デジタルカメラの良さは、ドンドン撮って、その場でドンドン消せることだ。
    デジタル一眼レフカメラの良さは連写にあり!と同行の人が教えてくれた。

プロのカメラマンが、連写をしているのをみて、「何故、それまでして連写をするのだろうか」不思議であった。
しかし、今回買って、連写をして解ったことは「対象の行動の微妙の動きをを連写で映像を見るように楽しめること」
と、「その仕草の中で一番光っている部分を切り取ることができる」ことである。

    それと、フィルムの一眼レフと、デジタル一眼レフとは、違うマシーンではないかということだ。
    フィルムのコンパクトカメラと、デジタル・コンパクトカメラとは「似て非なるもの」と思えるのと同じである。

望遠で鳥や象が点ぐらいにしか見えない被写体を、
画素数が細かいので、その場で詳細に見ることができるのがよい。

    最近、アルバム帳はほとんど見なくなった。
    その反面、デジタル化してパソコンに入っている写真は毎日のように見ている。
    月に一度の割合でパソコン画面の背景を、旅行先の写真を張り替えている。
    残っていたフィルムを知人に頼んでDVDに移し変えてもらった。
   (残念なことに10年以前のフィルムは廃棄してしまった。)
    アルバムを取り出してみる機会など、数年に一度しかない。
    最近になってデジタル写真の記億媒体蓄積器なるものができた。
    これは別の機会に書くが・・・
                (*^▽^)/ ホンジャ!
                           ーつづく
   ・・・・・・・・
   
2005年09月11日(日)
1622, 戦略的思考について


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