ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2685, iPhoneは、超小型パソコンだった! −4
そこで本気になって検索で調べてみた。 問題は「何」をキーワードにするかである。
「文字の取り込み」「文字の入力ソフト」「文字スキャナー」等々入れて、やっと面白いソフトを探し出した。
しかし、これだけは実際買い取って使ってみないと当たりか外れは分らない。4千円ほどしたが、思い切って購入をした。
それはデジカメをスキャナーにする代物である(デジカメOCRe.) デジカメで写したページの文字を読み込んで
デジタルに転換、それをパソコンのメモか、ワードに落とし込む方法である。
よくぞ考えたものである。慣れてくると、数分で書き込みが終了してしまう。
これで6年近く、苦労して書き写していた作業が激減をした。 苦労して書き写すことも大事なことだが、
ハイテクの時代、マシーンで出来ることなら、それに超したことはない。
しかし、これがクセのあるソフトでナカナカ難しい。
知人のフリーのSEの‘H’さんに手伝ってもらって、辛うじてマスターをした。
これまで1時間かかって打ち込んでいた手間が、時間的には五分の一になった。これは「大きな武器」である。
このプロセスで気が付いたことは、面白い記事をデジカメに撮って記録媒体か、パソコンの分類したファイルに
直接落とし込んでおけばよい。とくに画素が1千万以上なら、新聞一枚分をカメラに撮っても、拡大をすれば、
見えないということは無いだろう。しかし、二度とみないだろうが?
SeeYou**(○´ω`○)ノ 〜〜〜〜♪
・・・・・・・
2006年08月11日(金)
1956, 人生と学問
おはよ〜!(*^ワ^*)i (~O~)ふぁ・・
昨日の日経新聞のスポーツ欄の連続のコラム
ーチェンジアップーで、
往年の大打者で野球解説者の豊田泰光が「学歴についてのコンプレックスの心情」について書いていた。
大打者だったプライドもあろうに、思い切った心の奥の吐露をしていた。
ー先ずは、その内容を書き写してみる。
引退したとき、まだ35歳だった私は「やり残していることがある」と妻に相談した。「大学に行きたいんだ」。
妻は理解してくれたが、私は幼い子供と実家の母らを面倒をみなくてはならなかった。
無収入の学生生活というわけにはいかず、断念をした。
学の無いことは寂しいことだ。 解説者として記事を書き始めたが、漢字がわからなかった。
家で書き取りの練習。おやじになってからの漢字練習はつらい。
悔しい思いをしたのは引退後に限らない。プロ野球界の学歴信仰にも閉口をした。
高校出の監督・コーチもいるけれど、同程度の野球の成績なら大卒が有利だった。
大卒の球団経営者は現場の大卒組と組んで事を運ぶ傾向があった。
球界の‘大卒’はチャンと単位を取った人ばかりでなく、
しょせんは勉強しない者同士で作る学歴社会である。それだけに余計タチが悪いといえた。
サンケイ(現ヤクルト)のとき、東京六大學から入団した同僚から「単位が足りないままプロに入った。
もう少しで大學から除籍になるがどうしよう」と相談を受けたことがある。
私はすかさず「そりゃ、絶対に単位をとるべきだよ」と言った。彼は単位をとり、卒業をした。
何よりもけじめをつけたことが、その後のためになったと思う。
先ごろのスポーツ新聞の記事によれば巨人の桑田が引退後、大學で勉強をしたいという意向を示したという。
いいことだ。桑田は「順序が逆になるけれど」といったそうだが、勉強をしたいと思ったときが学業の適齢期だ。
広島のホプキンスという選手が練習の合間に肩にタオルをかけて医学書を読んでいるのをみかけた。
そのときはご苦労なことだと思うばかりであった。しかし帰国後彼が外科医になったと聞いた時、
ふと思った。家計を支えねばならないから勉強ができない、というのは私の甘えでかもしれない、と。
あれこれ経験を積んだ今だからこそ「人生に順序なし」と実感できるが、
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08月11日(月)
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