ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2565, ドル覇権の崩壊 −2
  本屋で彼の名前は見たことがある程度だったが、借りてきて読んでみたが、なかなか面白い。
    文学の授業を受けているような気持ちにさせられる内容である。

ー表紙裏よりー
私小説における虚点とは何か。命の通った言葉、通わない言葉とは何か。いかに女を描くか。
創作と金をめぐる関係とは。 小説とは、虚実皮膜の間に漾う人が人である謎を書くことである。
異形の作家が私小説の真髄を語り尽くす。

  ー1998年から2004年までの間の車谷長吉が行った対談や、妻・高橋順子との句会が掲載されている。
     対談相手は、江藤淳、白洲正子、水上勉、中村うさぎ、河野多惠子・奥本大三郎である。
     小説やエッセイの毒虫的な車谷からすれば、たやすく想像されることではあるが、
     人と語る車谷は誠実で、言葉を選んで、理性的で、少年のようである。

 ーまずは江藤淳との対談ー
  『私小説に骨を埋める』から
江藤淳との対談は、それぞれの言葉が相手の言葉を引き出す、非常に内容の濃い対談になっている。
車谷の言葉が非常に豊かに引き出されてくるのがわかる。

ーP16
車谷「私には私小説というよりも、まず物語を書くという気持ちがありました。
 その物語の「物」とは「物狂い」「物の怪」「物心がつく」の「物」だ、という意識があります。
 物を語るというのではなくて、物が語る。書き手である私に「物」がくっついて、 私の口、
 あるいは手を借りて、「物」がある物語を私に書かせる。
 初めて小説を書いた頃からずっとそう考えているんです。江藤「物が書かせるということですね。
車谷「はい。人間は2,3歳になると物心がつきますね。
 その物心の『物』とは何だろうと、ずっと考えていたんです。
 …夜にアパートで一人でいると、何ともいえず生きていることが恐ろしくなって
 きましてね。・・この恐ろしさが『物心がつく』の『物』ではないかと
 気づいたんです。『夏目漱石』で江藤さんがお使いになる言葉でいえば、
  (以下、字数の関係でカット2,008年04月12日)

ーーー
私の親戚にも何人か数奇な人生を生きてきた人がいる。
差し支えがあるので書けないが、書いたら面白い小説になる!
どの世界にも「事実は小説より奇なり」の話は転がっている。
             
            (℃゛)/ また、明日!
ーーーーーーー
2006年04月12日(水)
1835, 善意について
      \(^▽^*)おはようございます!(*^▽^)/

善意については、色いろ考えさせれることが多い。
最近になって、そのプラス面でなくマイナス面の指摘を目にする。
善意の善は、善悪の善である。 善悪なぞ、価値観の一側面でしかない。
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、一つとっても互いの善悪は全く違う。

   善をプラス、悪をマイナスみても、善も悪も何時までも持続はしない。
   環境が変化するからだ。環境が変化をすると、善はマイナスー悪になる。
   現在の自民党の族議員、ゼネコン、官僚の構造的汚職など典型的なものである。

善意は、善意でよいが! 善意だから何も許されるという甘えがマイナスになる。
日本の裁判の特徴に、善意による脇の甘さが起因しているトラブルがあまりにも多いという。
「友人の困窮に家を貸したが、相手が権利を主張をしてトラブルになった」とか、
「連帯保証に、善意で判を押してしまった」という話だ。その善意が狙われるのだ。

   善意を売りにしている人間で真っ当な人は多いが、
   何らかのペルソナ(仮面)の一部ぐらいに割り切っていたほうがよい。
   ただ、善意ではなく、できることならギブ&ギブを心がけていた方がよい。
   善意と優しさは、似て異なるものである。善意という動機にクールの視線を持てということだ。
   (ウオーム?ハートにはクールヘッドがコインの裏表のように必要である。)
   
 ー以前書いた、善意の小悪党に関する文章である。

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04月12日(土)
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