ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2448, コマツの「コムトラックス」には驚いた!
    死ぬときになって、自分が生きていなかったことを発見するようになりたくなかった。
    人生とはいえないような人生は生きたくなかった。
    生きるということはそんなにもたいせつなのだから。
    深く生きて生の精髄を吸出し、もしそれがつまらなかったら、それをつきとめて、
    そのつまらなさを世の人々に伝えよう。それがつまらないものであったら、
    それを身をもって味わい、その真相を報告できるようにしたい」(上巻162-164頁)

「われわれは存在するように見えるものを、存在するものと思いこんでいる。
 ・・永遠の時間には、確かに真実で崇高なものがある。
けれども、そうした時間や場所や機会はすべて、いま、ここにあるのだ。
 ・・・『自然』そのものと同じように、一日を思慮深くすごそうではないか。
 ・・・一日を精一杯、楽しく生きようと心にきめて。
 ・・・生であろうと死であろうと、我われが求めるものは実在だけである」(上巻172-176頁)

    「春の到来は、『混沌(カオス)』からの『宇宙』の創造であり、
    『黄金時代』の到来であるかのように感じられる。」(上巻256頁)

私は私の実験によって少なくともこういうことを学んだ。
「もし人が、みずからの夢の方向に自信をもって進み、
頭に思い描いたとおりの人生を生きようとつとめるならば、
ふだんは予想もしなかったほどの成功を収めることができる、ということだ。
そのひとは、あるものは捨ててかえりみなくなり、目に見えない境界線を乗り越える
ようになるだろう。新しい、普遍的でより自由な法則が、自分のまわりと内部とに
しっかりとうち立てられるだろう。・・・
生活を単純にするにしたがって、宇宙の法則も複雑でなくなり、孤独は孤独でなく、
貧しさは貧しさでなくなる。・・・・
君の生活がいかに見劣りのするものであろうとも、それにまともにぶつかり、それを行きよ。
それを避けたり、けなしたりするな。それは君自身ほど悪くは無い。
それは君が最も富んでいるとき、最も貧弱に見える。
あら捜し屋は天国でもあら捜しをするだろう。貧しくとも、君の生活を愛したまえ。
賢人らしく、菜園の野菜のように君の貧しさを耕せ。
衣服でも友人でも新しきものを手に入れようと焦るな。
古いものに目をむけ、古いものに戻るがいい。事物は変わらない。我われが変わるのである。
君の服を売り払い、君の思想をとっておきたまえ。」  (下巻276頁)
    ーーー
    ソローにとって、「自然」と向き合うということは、
    「自己」を見つめることでもあり、人生の探究は、遠い幻想的なものでもなく、
   「いま、ここ(現在)」の世界で「自己」を実現させることにある。
    彼の「実在」は、現在の生活そのものの中にある。
    森での生活は、彼の、それまでの日常生活の狭い限界を乗り越え出て、
   「自己」を解放させ、楽しみながらの労働によって生計を立てる営みが、
    心からの喜びに充たされる生き方であるかどうかの実験であった、と言えよう。
    彼にとって「生きること」は、「哲学すること」である。
    自分の、一度しかない人生を真剣に考え、その考えに自信を持って従い、
    幻想から抜け出し、いかなる現実をも直視し、ありのままに生きることが、
    彼自身の人生をより良く生きるあり方であり、森での生活を通して、
    さらに確信を得た生き方の方法であった。
  
   「ところで、インディアンが、この文章を見たら何と思うだろうか?
    日本の地方に住んでいる人でもよい。東洋には、老荘思想があるじゃないか。
    二年余りのお遊び?でしかなかったともいえないかい。
    しかし、これが理想なのだから、それでよい!
    都会という束縛する反自然があればこそである。」
    
   みる人、立場、視点で、同じことでも全く違ってくる。  
   しかし、そうわかっていても彼の言葉は時代を超えて、

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12月17日(月)
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