ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[396585hit]
■2398, 20歳代 海外旅行離れのワケ
経験を重ねているうちに、まずは私のところに来て相談。
そして重い場合は、自分から即入院のパターンになっていた。
その人も二年前に癌で亡くなってしまった。 亡くなるまで、
「もし貴方の助言がいなかったら、とっくの昔に会社を首になっていて、
間違いなく病院の中だった」と・・・ 本来は書くべきことではないが。
という訳で、躁鬱に関しては身近に見続けてきたこともあり、熟知するようになった。
何度かの浪人生活を経験してたが、その時は鬱状態である。
その都度、色いろの挫折経験によるストレスが原因で安眠ができない
鬱々とした状態が半年はつづく。 心はバラバラ、真っ暗闇である。
その中で独りもがき苦しみ、心や精神療法の本や宗教書を手がかりに、
暗闇の穴倉から這いずり上がってきた経験を何度かしてきた。
腰痛もそうだが、「鬱」に関しても「独りで直してきた」強みがある。
「孤独」を受け入れ、世間とかいう奴を却下に見えるまで苦しんで、
昇華しないと、独力で「鬱状況」から脱却はできない。
「正中止一点無」ー何が問題で、その中心は何であろうか?を、
とことん突詰めるのが、私の療法である。
放っておくと、間違いなく菌が入り膿み、腐っていく。
身体と何ら変わらないのが心である。
ところで老人の心は「うつ病」に酷似しているという。
いや、それが当たり前だからこそ、病気とはいわない。
60歳直後におこる初老性鬱病は最後に病気として扱われるが、
70歳過ぎれば当たり前の老人の精神状況としてしか扱ってもらえない。
まあ、去年の同日の日記に丁度つながるが・・
「その人たちのために、初老性欝病があるんだから、恐れ群れてないで
しっかりなるべきじゃないか、その病気に!」病気は神からの贈り物である。
効果は、その人の質によるが・・ 無理か!あれじゃ!
まあ、まあ モーニングコーヒーでも!
ーつづく ( ^-^)_且~~~
・・・・・・・・
2005年10月27日(木)
1668, おい、どうすんだ、定年後!−2
定年になったら「囲碁とか、絵画教室、パソコン教室などに行けば!」と考えてしまう。
が、もちろん彼らは何回か行くが続かない。彼らは元仕事人間が多く、
仕事の合間の自由の過ごし方は知っていても、自由そのものの扱い方を知らないのだ。
会社という縦社会の住人だったため、心の鎧が自分を閉じ込めて裸の自分を曝け出せないのだ。
趣味の会などの横社会には全く馴染めない。
しかし人間であるかぎり、共同体に入ってないと自分を保てない悲しいのが人間。
共鳴してくれる相手を必要とするが、もはや誰とも波長を合わせることが出来ない。
そういう人達が、大都会のベッドタウンに溢れている。
2007年から団塊の世代が大量に定年をむかえる。高度成長期時代の騎士たちである。
右ならえ!という生き方しかしてこなかった、彼らこそ定年後のすごし方を知らない世代だ。
家では粗大ゴミ扱いされて、外の世界の生き方のノウハウが全くない。
電車の乗ると、働いていない自分が許せないのだ。
サラリーマン時代の価値観から全く抜けきれないのだ。
群れているだけで、真の孤独を経験していなかったからである。
ーー
ー以上が月刊誌の概略である。
定年直後は首輪をはめた飼い犬が、家から放り出されて
行くあてがなくウロウロしているようなものである。
そこで元の会社の肩書きなど、何の役にも立たないことを初めて思い知る。
だからライフワークを長年かけて構築しておかなくてはならないのだ。
その暇がなかった大部分の都会サラリーマンにとって深刻である。
一から何か趣味を見つけチャレンジ出来る人は、ほぼ限られている。
理想的にいえば、一から始める方が良いのかもしれないが。
私の場合、この問題について51歳時が大きな節目の年になった。
(この随想日記で、何回か取り上げたが)
[5]続きを読む
10月27日(土)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る